街は廃墟だった。
 あちこちで煙が上がり、瓦礫の山は時々大きな音を立て、人々の喚く声も聞こえたりした。

 こんな中で俺は何を冷静に見回りなどしているのだろう。
 ふと思ったが仕事だからとすぐその考えを落とし、そしてゆっくり歩いていた時に、道の前方にぽつんと座り込んだその紅い姿を認めた。



















 『優しい人』 CAST:Hizikata,Kagura.



















 「……何やってる」
言った後で、馬鹿だ・と思った。ぽかんとしている神楽が見つめる先では、数日前にでかでかと『万事屋銀ちゃん』なんてふざけた看板を掲げているのを見たはずの建物が瓦礫の山となって煙を上げているのだから。
「…多串クン」
「お前それいい加減修正しねぇ?」
「お願い、有るヨ」
何言ってんだ・とその真意を読もうと彼女の目を見てみる。
 真っ暗だった目がゆっくりとこちらを見て、少し血の色を失った唇が言葉を紡いだ。
「私殺して欲しいアル」


 しばらく何も言えなかった。











 「……何、を」
「ころして、って言ったアル。もうみんな居ないから」
淡々と言う。また目が瓦礫に戻る。
「今朝、すごい音して目ぇ覚めたヨ」
 今朝は明け方に大きな空襲があった。
「起き出したら、もう台所粉々だたアル。新八がいつも通り朝ごはん作ってたのに」
「……」
「目ぇ凝らしたら、割れた眼鏡の枠と手首から先だけ転がってたネ」
「……」
「私、逃げなきゃ・って思って、定春急かして一番近い窓行ったアル。…定春、頭出したとたん、上から大きい鉛玉落ちてきたヨ」
膝の上で拳をきゅっと握り締める。
「定春、スイカみたいに弾けて、首から先無くなっちゃったアル」
「……銀髪は?」
神楽ははあ、と息を吐いた。
「…私定春のそばで、動けなくて、立ってたら、後ろから来たヨ。何やってんだ・って。そいで私引っ張って玄関に行こうとして、そしたら上からひゅるるるって変な音したアル」
「……」
「それ聞いたら、銀ちゃん、私の襟の後ろ掴んで、元の窓の方へぶん投げたネ」
「……」
「落ちて、何しやがんだあの天パ・つって振り向いてみたらもう、家、無かったヨ」
「……」
「…しばらくぼけっとしてたら、瓦礫の中からキャサリン出て来タ」
「…キャサリン?誰だそれ」
土方の問いを今度は無視する。
「キャサリン瓦礫掻き分けながら、お登勢サンお登勢サン、って泣いて、笑ってたアル」
「……」
「そのうち笑ったままふらふらどっか行っちゃったヨ。あとは、だーれも居ない。多串クンが来ただけネ」
少し微笑って、
「もう友だちも居ないし」
「……。」
近所の公園は全て瓦礫と死体で埋まっている。城下町の半分以上はすでに灰だ。
 江戸城なんていの一番に吹き飛ばされてしまった。


 もう自分の居場所になってくれる人なんていないから。

 だから・と。



 「…俺たちのとこに、来ねえか。」
「……」
「屯所はまだなんとか無事だし…一応、戦災孤児の保護施設も傍にある」
「…やめとくヨ。」
にこっと笑って言われた。目を丸くする。
「なんでだ?」
「……多串クンたち、好きヨ。沖田の奴もゴリラも山崎パンも、もちろん多串クンも」
「…なら、」
「でも多串クンたちもやっぱり直ぐ死んじゃうネ、きっと」
すこし息を止める。
「だってこの街を護るのが仕事なんだロ。毎日どっか戦いに行ってるんだロ。」
「……ああ」
「ならきっと、毎日ちょっとずつ減ってくネ。一人ずつか二人ずつか分かんないけど、きっと減っていって、いつかやっぱり私だけになるアル。失くして痛いものをわざわざ何十個も作りに行くなんて、ごめんヨ」
「……」

 実際今日も二人仲間が減って今隊は元の半分になっている

「だから、ねえ多串クン」
ひとりになるまえに。
「殺しテ」
「……」

 やっぱりしばらくは答えることが出来なかった。
























 ずっと黙り込んで、そしてやっと口を開くと、土方ははあっと息を吐いた。何も言わない。刀を抜きかけ、そして、
「……」
やめた。腰にしっかり差しなおす。怪訝な表情をした神楽に何も言わず、屈んで、視線の高さを大体合わせる。
 それなりにそっと、神楽の白い頬に手を添えた。
「…目、閉じんなよ」
言うと、きょとんとしながらも、大人しく従ってぱっちり目を開けたままにする。



 深く考えたわけじゃない。それに、これからすることを考えれば閉じた方が自然な気がした。けれど、でも、彼女の最期に見るものが崩れ落ちた昨日までの居場所なのはあんまりな気もしたから。








 だからどうせなら、最後に俺が塞いでやるよ













何も言わず、ただ添えた手をそのまま滑らせて頭を捉えて、もう片方の手も背中に回してそれから、口付けた。






































 『殺して』 その言葉を聴いた時、不意に蘇ったのは沖田の言葉だった。
 彼自身は戦が始まる少し前に血を吐いて戦が始まった少し後に呆気なく逝ってしまっていたのだけれど。


 「吸血鬼って何やってんでしょーねィ、土方さん」
「…あぁ?」
いつもの如く訳の分からない問いから始まり、そしてやっぱり訳の分からないことをつらつらと彼は喋り始める。
「きれーな娘かっさらって来てさ、城に閉じ込めて、それなのに最後にゃ首筋噛んで血ィ吸っちまうんですぜィ」
「……血が好きなんじゃねぇのか?」
「いや、ヘンですよぅ土方さん。それなのに血ぃ吸った後で後悔して泣くんですぜ」
「……惚れてたから、じゃねぇのか?」
「じゃあ尚更ヘンでさァ。それぐらい、攫ってくるぐらい好きなら、血ィ飲みたくなるくらい好きなら、泣くぐらい好きなら、…もっとマシなやり方がありまさァ。」
「………やり、方?」
「そんなに好きなら、首噛むなんて訳わかんねぇコトしねェで口づけちまえば良いんでさァ。どうせ相手は死ぬんだもの。そいで口付けたまんま、舌まで絡めとって、最後に噛み切っちまえば良い」
 彼は少し微笑ったまま続ける。
「最後の最後までその女愛して、愛したまんま口付けて、口付けたまんま舌噛み切ってそこから血ィ呑みゃ良いんだ。ぎゅっと抱き締めてやって、死んだ後もずっとずっとずっとずっと、舌先から血が出なくなるまで吸い続けてやりゃァ良い。口付けたまま、愛する女の口から直にそれを呑み続けりゃ良い」
「……総悟、」
「そしたらきっと後悔なんてしやせんぜ。最期まで俺は彼女を愛したって、胸張って言えば良いんでさァ」
「総悟」
「第一、首にちっさい穴2つ空けてそこから吸う・なんてやり方よりよっぽど早くたくさん血ィ飲めます。なんて合理的な」
「総悟。」
少し強く言うと、きょとんと目を丸くして、それからにっと微笑ってまた言う。
「…ヤだなぁ土方さん。俺ぁそんなこと誰にも頼みゃしませんよ」
「……頼まれたって誰もやりゃしねェさ」
「そうですかィ?俺はただ俺が死ぬ時ぁ近藤さんかあんたの横で居眠りでもしながらぽっくり逝きてェだけでさァ。あんたは、」
言葉を切って、少し見つめて、
「…あんたは、多分頼まれたらやると思いやす」
「…やるわけねぇだろそんな気違い沙汰」
「いや、やる。きっと――…」
断定的に、けれど笑みをたたえて、

「…あんたは、ばかみたいに優しいですからねィ。」





 図らずも沖田の言ったとおりになったのは少し悔しい。


































 俺は別にチャイナを愛していたとかそんな話ではない、やたらあちこちで出くわす万事屋なんて得体の知れない、しかもいちいち鼻につく集団にいつも居た妙なただのガキ。それだけだ。
 だがそいつは間違いなく俺の日常に入り始めていたし、その日常も間違いなくここ数日で壊れ始めていた。



 その一つが俺にその最後を託している。

 だから、それのために俺が今出来る精一杯をするのは、なんの不思議もないだろう。















 そしてあの時あいつには言いはしなかったが、あの時あいつの言ったやり方は間違いなく最上の殺し方だと俺は思った





















 唇を合わせた瞬間、彼女は開けていた目をさらに見開いて、それから何かを了解したようにふっと目を微笑わせて嬉しそうにきゅっとつむった。
 浅かった口付けが、少しずつ深くなっていく。


 唇を唇で撫ぜて。
 少し噛んで。
 舌がそれを少し舐めて、そしてゆっくり中に入った。

 歯とか相手の舌とか、色んなものを引っ掻き回してそれが口の中をなぞっていく。生温い感覚が頭の先から足の先まで、すうっと走った。
 知らず、びくりと身体が震える。



 少しだけ躊躇いの間があった。このままただ抱きすくめて、連れ帰っても良いような気もした。
 けれどそれが単なる一時しのぎにしかならないことはなんとなくでも十二分に解っていた。














 少し息をついて、それからゆっくり歯と歯でまだ口の中にある彼女の舌を挟む。なんの反応も無い。
 決して乱暴ではなく、しかし殊更ゆっくりでもなく、ぎゅっと歯に力を入れた。







 少しして、軽い音がして何かが千切れた。

































 瓦礫からは煙が上がっていて、けれどそれは少し細い。
 神楽の腕はだらりと下がっていたけれど、土方はまだその小さな背中を抱いていた。ただ力いっぱい、ぎゅうっと抱いて、そして深く深く口付けていた。
 口の中が鉄臭く、彼女の身体は冷たくなっていくのにそこだけはまだ生温かかった。呑みきれなかったぶんが、つうっと一すじ、彼女の口から垂れていく。
 少し離す。閉じた瞼を睫毛が縁取っていた。他に傷は何も無くて、穏やかな顔。ただ口の中からごぽごぽと血が湧いて溢れ出ている、だけ。
 白い頬に真っ赤な血が道を作ってたらたらと流れ始めていた。それを少し眺め、それから舌先で舐め取る。

 そのまま、また口付けた。

 目を閉じ、闇の中で血の匂いだけが意識を満たすのを感じていた。










































 目を開けた。

 荒くなってしまった呼吸を少しずつ抑えながら、首の後ろに手をやる。汗でべっとりと濡れていた。
 「……あー、あ」
呟き、立ち上がる。着流しの胸元をばたつかせながら、彼は少しでも風を入れるべく障子戸に手をかけた。



 真っ白な日差しが眩しい、夏らしい朝だ。


























 「おーおぐーしクンっ」
声が聞こえるや否や、振り返る間もなくずしんと肩に重みがのしかかる。一瞬首が絞まりかけて、ぐえ・と情けない声が出た。恨めしげに、ほんの少しだけ後ろを見る。
「……」
「アレ?」
ぱちぱちと数回まばたき。降りろチャイナ娘・と怒鳴りもせず振り落とそうともせず、ただ再び歩き出した土方の様子がよほど不審に見えたらしい。
「…どうかしたカ、多串クン」
「……何が。別にどうもしねェよ」
「怒んないの?」
「怒るだろうと解ってんなら最初からやるな」
「怒るだろーと思ってるからやってるヨ」
「……」
「まあ良いヤー。今日はこのまま見回り続行アルネ」」
「いやそれは無ぇ。お前なんぞ首にぶら下げて繁華街歩くのは死んでもごめんだ、っつーか暑ぃんだよ降りろ!!」
「あ、いつも通りだー多串クン」
「聞いてんのかオイ!……ったく」
はあと息をつく。煙草を吸いたかったが自分の首に巻きついている神楽の腕がノースリーブで剥き出しなので灰が落ちたら火傷しそうだからそれは出来ない。


 けれど今は無理に剥がす気も起きなかった。

 夢の中の赤い血と白い肌が少し蘇ってまた消える。














 もうしばらくだけ、今のなんでもない現実をただ傍に置いておきたい気がしたのだ。










 一瞬目を閉じて、そして土方は少し顎を引き少し彼女の腕に口まで埋めた。















                                   ------------End.
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 どうしようこれUPしようかなもうお蔵入りにしようかなでも日記で予告とかしちゃったしなーあ――良いやもうとりあえず載せちゃえ。
 というノリでUPしました(オイ)血みどろ土神です(それ以前の問題という気もしないでも無い)

 なんか…そんな血なんか飲んだら吐くよ?みたいな(半端な現実味) 沖田さんと土方さんが変な人だよーあああ万事屋みんな殺しちゃってこめんなさい…(石投げられても文句言えない)
 カップル描写は一番挫折しやすいとこです(私は)。すごい何回も逃げそうになりましたが話の都合上、舌だけは省けずめっさ頑張って書きました(そんなん頑張っても)
 吸血鬼映画は正直言って保育園の時観たキョンシーのうろ覚えくらいしか記憶が無いので吸血鬼が女の人を攫ってくるのかどうかから自信がありません(ぁ) 女の人…城に勝手に迷い込んでくるんだっけ…?いや、美しいってだけで適当に吸血鬼が攫ってくる、んだったか…??(おーい)




 …もう…何もいえない……!(ダッシュで逃)