『冷たい手』     CAST:Hizikata,Kagura,Yamazaki.

















 「……?」
ふ、と、目を開けた。薄暗い部屋。見慣れない天井。けど嗅ぎ慣れた匂い。
 屯所だ。少し逡巡して、そう判った。天井が見慣れないのは、彼が仕事場では滅多に眠らない為だ。
 どうしてか身体が、頭が酷く重い。どうやら呼吸も荒いようだ。けれど原因が分からず、そしてどうして自分がこんな所で仰向けに寝ているかも分からなくて、とりあえず起き上がるべく、土方は身体に力を入れてみた。
 その瞬間、強い眩暈と何故か鋭く首を突く痛みを感じてまたぽふっと枕に頭を戻す。更に呼吸が早くなった。
「……。痛ぇ…」
「あ、気が付いたんスか!駄目ですよぉ寝てなくちゃ」
呻いた所で思いがけず明るい声がして、びくりと肩を震わせる。重い瞼をなんとか開けると、
「…山崎……」
「へいっ」
にこにこした山崎が、白い手拭いを手にすぐそこに居た。どうして気が付かなかったのだろう。
「……俺…、…今何時だ?」
「五時。三時間ばかり寝てましたね。…あ、副長、倒れたんスよ。」
「倒れた?」
「正確には倒された・ですけど」
「…倒された?」
「ホントに覚えてないみたいっスねぇ。ほら、そこの子に」
「…そこの子?」
「そこの子」
 ぴ、と山崎が指差す先は、部屋の隅。
 自分に被さっている布団の上に、ちろりと派手な桃色がのぞいて見えた。
「……」
少しだけ、身を起こす。やはり眩暈はしたが、なんとか我慢して。
 そして見えたのは桃色の髪と赤いチャイナ服。
 くうくう寝息を立てる小さな白い顔。


 気絶する寸前のことが、さあっと一瞬にして蘇った。


 「……ッ!」
「あーちょっとちょっと、駄目だって言ってるでしょー起きちゃ!熱あるんですよ!」
がば、と起き上がり、刀を取ろうと腕が動きかけたが山崎が一生懸命に肩を押さえて止めるので数秒頑張ったのちに諦めてまた戻った。ふう、と息をつく。
「…あのガキ、人の首思いっきり捻りやがって……」
「え、そうなんスか?なんか最初は沖田さんが副長しょって来たんですけど」
「……総悟が?」
「はい。なんかやべェみてーだからなんかしてやってくれィ・とか言って、本人はどっかいっちゃいましたけど…女の子はついてきて、そのまま勝手に寝ちゃいました」
「……」
「とりあえず任されてみたらすんげぇ熱いし、どうしようかと思いましたよー…計ったら38度5分あるんだもんなぁ。副長なんだから、少しは自分のことにも気ぃ使って下さいよ」
「……悪い。」
「ほら、早く寝て寝て。風邪みたいだし、寝るのが一番!」
元気良く言い、近くにあった桶の水で手拭いを絞る。どうやらさっきまで土方の額に置いていたのを絞り直す為に手に持っていたものらしい。ぽんと軽く叩くように額に置いた。柔らかい冷たさが、目の上辺りまでを包んでくれる。
「夕飯時になったら、粥でも持って来ますよ。薬はその時にね」
「…要らん」
「要らん、じゃありません。局長に言いますよ?それもかなりオーバーに」
「……やめてくれ」
「じゃあ寝てください。あ、女の子は置いときますけど…良いですよね?」
「考えるのも面倒臭い…放っとけ」
「はいよ。」
 それじゃ、おやすみなさい。そう言って、山崎は桶を片手に抱え部屋から静かに出て行った。静かになった部屋で、またため息。桃色の髪の毛は努めて見ないようにして、目を閉じる。
 深くゆっくり呼吸するようにすると、じんわりと肺が焼けていくようだった。相当熱を持っているらしい。少しずつ温くなっていく手拭いの感触が、だんだん現と夢とをぼかしてゆく。


 全てが静まった薄闇の中で、土方は自分の心臓が打つ早鐘を聴いていた。



































 もぞり。
 と、いう感じで、何かが動いた気がした。意識が浮上する。
「……お」
「……」
目を開けてまず見えたのは、桃色。そして聞こえたのは、高い声音。
 知らず、眉間に皺が寄る。
「あーあ、せっかくさっきまでは珍しく平らな眉間だったのに」
「…てめぇ……」
「あんまし喋るなヨ。多串クンまだまだ顔赤いアル」
「俺は多串じゃねぇって、何度言ったら…!」
「喋るな言ってるネ!!」
ぺちん。そんな間抜けな音(しかしわりと小気味良い音である)と共に両側から頬を叩かれ、憮然として睨む。如何せん身体が上手く動かないから、睨むしか出来ない。
「あ」
「……んだよ」
「手拭い。」
「…は?」
「もうあったかいヨ」
土方が思わず起き上がったせいで布団の上に落ちていた手拭いをつまみ上げ、ひらひら振る。
「これじゃむしろ熱いネ」
「…良いからよこせ。無いよりゃマシだ」
「山崎って奴、桶持ってっちゃったカ…気の利かないヤツ」
「よこせっつってんだろがっ、……ッ」
一瞬頭に血が昇ったのか、怒鳴りかけた瞬間にくらりと眩暈が襲って頭を押さえた。はっとしたように神楽が目を丸くする。
「多串クン、だいじょぶ?」
「…てめえが居なけりゃだいじょぶだこのヤロー……」
「ちゃんと寝るヨロシ」
「おいコラてめー聞いてんのか?」
「寝るヨ!!」
「わっ!」
どんと突き飛ばすようにして肩を押され、枕に頭を落とす。わんわんと耳鳴りがした。
「わー、すごい汗」
「誰の所為だ誰の!手拭い貸せっつってんだろオイ!!」
「こんなのより私の手の方がよっぽど冷たいアル」
「あ?」
怪訝そうに訊き返した土方に、にやりと笑う。
「女の手は冷たいんだヨ」
すると土方も当然そうに、
「馬鹿、ガキの手はあったかいに決まってんだよ」
言った。
「……。」
「……。」
二人、黙る。
「……どっちだと思うネ?」
「…てめえはガキだ。よって、あったかい。」
「じゃー試してみるヨロシ」
「どーでもいいんだよ、手拭い返……」
せ、と言う前に、ぴとりと額に柔らかいもの。
「……」
僅かに湿っていて、そしてひんやりと額を包む。どこか懐かしい感触の気がして、思わず息が漏れる。
「どーヨ」
「…五月蝿い」
「ほれ見ろィ、私だって女なんだから冷たいアル」
「おい待て今なんか誰かの口調うつってなかったか?ていうか、」
「これでまた寝れるアルな」
にこりと微笑われて、閉口。
「ゆっくり寝るヨロシ」
 ぽんぽん。軽く叩くこと二回。





 馬鹿野郎こんなんで寝れるかよってか冷たく感じたのは単に俺の熱が高すぎたってだけだろが。





 心中ぼやいたけれど、いつまでもそんなことを言っているのはそれこそ馬鹿げている気がして。

 ただ額を覆う冷たい手をそのままにして、静かにその目を閉じた。







                                       -----------End.
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 実は土神漫画の続きだったりします(こそり)
 よい子の山崎が思った以上に書いてて楽しかった…(笑) 割と神楽嬢は可愛らしい子になっちゃったりなんだりで、部品ごとに見れば結構お気に入りの部類に入るはずなのですが、どうもまとめきれてない気がして色々悔しいお話…。。(汗)


 土方さん風邪話はいつかちゃんと本腰入れて書きたいです(これはなんなんだよ)