『トゥ・ギャザー。』 CAST:Hizikata,Kagura.
「お前、もう帰れ」
「なんで」
「下校時刻は過ぎてるだろ」
「部活やってる奴らとか、まだいっぱい居るネ」
「お前は帰宅部だ」
「だって帰ってもヒマだし」
「じゃあ銀八んとこ行けよ。大体、担任はあっちじゃねーか」
「銀ちゃんは家でどうせいっぱい話すもん。多串センセは学校だけ」
「ひ・じ・か・た・だ・っつってんだろ!!」
「じゃ、やっぱりトシちゃん先生!!」
「それもやめろ!!」
「何ヨ我が侭な奴アルなー…あ、そだ。ポッキーあるヨ、食べる?」
「……」
何処から引っ張り出してきたのか、見慣れない椅子にちょこんと座り、いそいそとカバンから小さな菓子箱を取り出す。ざらざらしたビニールの皮は、少し日に褪せていた。見るからに楽しそうな彼女の顔を見つめ、はあとため息。机の上にはまだ書類とファイルが山積みだ。このままでは徹夜仕事になる。普段は、一人で好き勝手に使えて非常に都合の良いこの資料室も、今ばかりは他の人間という存在が恋しくて恨めしい。
そういえば煙草が切れている。どうしてこんな時に限って、自分と彼女の間に割り込ませるものが何も無いんだろう。
また息をついて、それからくるりと机に向き直った。少しずれた眼鏡をきっちり直す。書類を取り、ペンを取り。神楽は当然のようにこっち向け・と言おうと口を開きかけたが、その前に土方が言った。
「『信用しないって、特に貴方を信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです』。」
「え?」
きょとんとして顔を上げ、土方を見る。土方は、じっと書類を見つめたままだった。ペンが動く。口も、また動く。
「『とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。そうして自分が欺かれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだから』。」
ふ・と神楽の方を向く。薄く笑みが浮かんでいた。
「『こころ』だよ。夏目漱石。てめーは…読んでるわけねェな」
「誰アルかそのナツメグって」
「勝手に食い物変換すんじゃねェ馬鹿娘。…小説家だ。『こころ』はそいつの作品。さっき言ったのは、その中の文章」
こつん。軽い音を立てて、手の甲のちょうど骨が出っ張った所で神楽の額を叩く。その力の入れ方が、どこか犬のする甘噛みに似ている。
「つまり、そういうことだ。…あんまり俺に懐くな」
お前にとって良いことなんか何一つ無い。そう言って、また書類に戻った。しばらく、部屋の中をペンの走る音だけが満たす。傾いた日差しが、ただでさえ少し黄ばんだ本棚の中身(ファイルが殆どだ)をますます朱色じみさせた。
不意に、神楽の手が動く。土方がそれに注意を向ける前に、
ぺちん。
非常に軽い音がした。間が抜けて、それでいて、なんだか存在感のある音だった。
部屋の隅に、ぴょんぴょんと少し弾みながら輪ゴムが転がっていく。
「…っ、何してんだ馬鹿チャイナっ!!」
「多串クンが真面目ぶったツラして面白くもないことばっかりしてるからアル」
「…お前マジで俺の話聞いてるか?」
「良いことの有る無しなんて関係ないヨ、多串センセ」
ぴた・と土方の動きが止まる。
「そんなのほしくてここに居るんじゃない。…そうネ、あえて言うなら、」
へにゃ・と顔いっぱい笑って、
「となりでこうやってるのがうれしくて、楽しい」
「……」
「そんなもんだロ。人と付き合うって、そんなもんアル。損得なんて関係無い。…なんにも良いこと無くたって、私は多串センセ嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだし、だからここに居る。…なんか不都合あるアルか」
しばらく、黙る。しかし黙ったままではなく、ぽつりと、それでもしっかり土方は言った。
「…俺の仕事が終わらん。」
神楽は当たり前のように切り返した。
「それは不都合には入らないヨ」
「入るわ!!…ったく」
ため息。こいつはもちろん沖田と居ても銀八と居ても近藤ですら、一緒に居るとどうもため息が増えていけない。
そんなことを考えた後で、勝手にしろ・とばかりに土方はまたぷいと書類に向き直って文字を綴り始めた。
それから、神楽には聞こえない小さな声で呟いてみる。さっき言ったのよりずっと記憶に強く残っている、同じ作品のある一節。
「『然し君、恋は罪悪ですよ。』」
作者の意図したものとは随分ズレているだろうが、いまは少し、その言葉をうまく呑み込める気がした。
神楽は、やっぱり少し嬉しそうに楽しそうに、ぽりぽりぽりとその内土方がキレそうな芳しい音を立ててポッキーを齧りつつ、土方の手元を覗き込む。
-----------End.
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まずは肩慣らし・みたいなものとしてお読み下さい…(ぁぁぁ)
思いのほか難しかったです。悔しいのでバレンタインリベンジしたいと目論んでおります…(ぇ)そっちではちゃんと「土方先生」って呼ばせたいです。ていうか甘く出来るのが現代パロの利点なのにちっとも甘くないじゃない…!(ぇぇ
あ、タイトルは「together」をもじりました。いわずもがなですな。投げやりにもほどがあるネーミングですな(ぉぃ)