ぽたぽたぽた。

 至極軽い音を立てて、刀から血が垂れる。

 「…検分役呼んで来い」
「はいよ」
山崎の返事を背で聞き、駆け出していったのを気配で確認した後、懐から懐紙を取り出した。さっと一拭きして鞘に収める。収める瞬間目の前まで引き上げた刀から、その場を満たすそれよりも一層強く血の匂いがした。ふんと鼻で哂い、煙草に火をつけながら歩き出す。煙草の香りと血の匂いが混ざってそれから血が負けた。どちらも慣れた匂いだからどうでもいい。
 懐紙は適当に道に投げ捨てた。近藤さんが居れば、ゴミのポイ捨てはするなと怒ったかもしれない。

 赤の後に見る月の色はおかしいくらい白かった。












   『イレイサー』  CAST:Hizikata,Kagura,Yamazaki.












 歩き出して五メートルもいかないうちに、うなじをくすぐるような妙な感覚を覚えて足を止めた。――視線だ。

 誰かが、見ている。


 一瞬目を閉じ、視線の元を気配で辿った。ばっと目を開け、そこを見る。
 そして、建物の間の路地裏へ続く狭く暗い道に呆気なく発見した、赤い番傘とこちらを見つめる丸い薄紫の瞳に、思わず脱力。緊張して損した・と、大きくため息をつく。煙草の所為でその息は白かった。
 「……何やってる」
「ただの散歩ネ」
「散歩の時間帯じゃねぇだろ、今は」
「今日の昼間は太陽が照りすぎだたヨ。すぐバテちゃってずっと寝てたから、今埋め合わせに来たアル」
「暑いのは苦手か」
「明るいのが苦手ネ」
「そうか。…俺もだ」
思わず微笑う。
 言っているうちにまだどこかにこびりついていた血の匂いが削れて落ちていくのを感じた。日常が戻る。月の色も戻っていく。
「でも、意外アル。多串クンは日向の方が好きだと思ってたのに」
「だから多串じゃねぇって言ってんだろ。土方だ」
「で、何してたネ」
「あ?」
「私ちょっとここで休んでただけアル。そしたらなんか色々聞こえたけど、覗くのも面倒だからここで空見てたヨ。だから多串クンが何してたか良く分かんないネ」
 は?と、思いっきり声に出してしまった。嘘だろオイ、ほんの五メートル先で三人死んでんだぜ?
 「…別に……ガキは知らなくていーんだよ」
「ふぅん?」
「それよかお前、もう子供の出歩く時間じゃねぇだろ。とっとと万事屋に戻…」
「あっ」
「……今度はなんだ。」
「多串クン、ほっぺほっぺ。」
「はあ?」
少女は自分の頬をとんとんと人差し指で指しながらこちらを見つめているが、何を言いたいのだか皆目分からない。喋るのに邪魔なので、もうどうでも良くなってきた煙草をぽいと投げて足で踏み潰した。何か付いているのかと、右手で頬をさすってみる。
「何が…」
「そっちじゃないネ、右、右。」
「右?…だからこっちだろ」
「あ、そっか、こっちから見た…えーもー、物分かりの悪い奴ネ」
「んだとコラ、てめえ…」
自分の半分ほどの背しかないガキにそんなこと言われる筋合いは無い・と、かがんで脅しでもかけようとした瞬間、ぽん・と彼女が、跳ねた。
 さっと生温いものが頬を撫ぜていって、その跡が微かな風ですうすうする。自分の首にぶら下がって、至近距離にいる彼女の顔が少し目を丸くしてちろりと舌を出した。不味かったのか、軽く眉間に皺を寄せる。
「血アルな」
「…ああ……。」
さっき跳ねて付いたのか・と得心はいったが、それより今はこの状況。
 どう説明するかいやそれより、説明するのか否かが先か。
 「あっち、やっぱりこれにまつわるもの?」
「あー、見るな見るな。ガキの見るもんじゃねぇよ」
 ぶら下がったまま右方向、さっき土方のやってきた方を見ようとした神楽の頭を慌てて抱える。やはりこの瞳にあの景色は合わない気がしたからだ。
空いているもう片方の手で番傘をぱちんと閉じて、彼女の腰から背に腕を回しぐいと抱え直す。うわぁ・と小さく彼女の言ったのが聞こえた。でもどこか楽しそうな声音に思えた。
「何するアルー」
「ガキは寝る時間だ、送ってやっから大人しく帰れ」
「私お前が思ってるほどガキじゃないヨ。一人でだって平気だし血だって平気、全部慣れてるアル」

一瞬閉口。

「…慣れてる、ねぇ」
「だからたぶん、あっちにある物だって別に見てもだいじょぶヨ」
「だいじょぶじゃ駄目だろ、だいじょぶじゃ」


どんな暮らししてきたんだか知らないが、


「あんなもんだいじょぶになっちゃあ、人間としてお終ぇだ。」

「じゃあ、多串クンもお終ぇ?」

 間が空く。少し彼女を見上げて(腰から抱き上げているのでだいぶ上に彼女の頭が在る)、それから言った。
「まあ、そうだな」
するとくすくす彼女は笑った。
「だいじょぶヨ、多串クンまだまだ優しいアル」
「…そうか?」
「うん。銀ちゃんに似てるネ」
「…やめてくれ」
「ねー多串クン」
「土方だ」
「長いヨ」
「四文字だろ同じだろ?」
「えーと、確かゴリラが花見で“トシ”とか呼んでたアルな。じゃあトシちゃん」
「やめてくれそれこそやめてお願いだからッ!」
「おんぶの方が良いヨ」
「…は?」
「この抱え方、工事現場のおっちゃんがセメント袋しょってるみたいネ。ちゃんとおんぶして欲しいアル」
 うんざりしたように顔を思いっきりしかめる。
「…やだよ、面倒臭ぇ……」
「トーシーちゃん。ト・シ・ちゃ・」
「だぁぁぁうっせェェ!分かった分かったからトシちゃん言うなァァ!!
 若干鳥肌を立たせながら叫んだ土方に、神楽はわぁい・と空々しく歓声を上げた。早く降ろせとばかりにどんどんと彼の腹を蹴る。
「あぁもー急かすなっつの!ほれ降りろ!!」
「あーい」


憎まれ口を叩きながら、それでもちゃんと神楽の降り易いようにしゃがんでくれる土方は、やっぱり優しいのかもしれない。


 神楽はまた微笑って、それから開けられた背にぴょんと飛び乗った。うげ・と一瞬だけ呻いて、すぐに土方は立ち上がる。一気に視界が高くなって、思わず胸を微かに躍らせた。定春に乗るよりも少し高いそこでは、なんだか世界が違うんだ。






















 しばらく歩いたところで、不意に土方があっ・と叫んだ。
「良く考えたら別にお前歩いても良いんじゃねーか!?」
「ごちゃごちゃうるさいアル。最初に抱えたのはそっちヨ、とっとと行くヨロシ。」
「あーくそほんっと可愛くねぇッ!」
ぶつくさ言いながら、少し身体を上下に揺すって、ずれ始めた神楽をまたしっかり背負い直す。馬鹿な奴・と神楽はこっそり呟いた。なんか言ったか・と土方が言い、なんにも言ってないヨ・と神楽はまた言った。
 その時、遠くで誰かが何か叫ぶのが聞こえた。神楽はきょとんと顔を上げ、土方も少し足を止めた。また声が聞こえ、すると土方は再び歩き出した。神楽が首を傾げる。
「ひじかたさん・って聞こえたヨ」
「ああ。…って、やっぱてめぇ覚えてんじゃねぇか俺の名前」
「行かなくて良いアルか」
「ありゃ山崎だ。検分役呼びに行かせてたの忘れてた…ま、なんとかするだろ、あいつなら」
「ふーん…」

 彼女もどうでも良いようで、そこで会話はまた途切れた。
















 風が冷たい。まだ初秋だってのに・そう思ったとき、不意に背中の彼女がぴとりと頭を寄せてきた。首と左肩と左頬がぬるさに包まれる。
 「…何やってんだてめえ」
「寒いヨー、トシちゃん」
「トシちゃんはやめろって…!」
「たばこの匂いがする」
言いながら、首筋に頭をすりつける。冗談じゃない・と土方は心中叫んだ。
「オイ、ちょっ」
「あ、耳赤いヨ、トシちゃん」
「うるせえッ!っつーかもう良いもうお前歩け一人で帰れっ」
「嫌アル、寒いもん」
「お前昼は暑くて困ってたんだろ、ならプラマイゼロだ!」
「ぷらまいってシューマイの仲間アルか?」
「……っ。」

 何を言っても凄んで見せても暖簾に腕押しヌカに釘。この空気を纏った人間を、彼はもう一人知っている。きっと今頃あいつは屯所でいつものアイマスクを額に他の人間を振り回して遊んでいることと思う。






 …どいつもこいつも……。





 呟きながら、土方は煙草を捨ててしまったことを少し後悔していた。血の赤は番傘とチャイナ服の紅に溶け、匂いは甘酸っぱい子供の肌の匂いでかき消されてしまった。けれど今はどうしようもなく、慣れた煙草の苦みが恋しかった。






 彼は子供を好き切れるほどまだ大人でなく、子供に馴染み切れるほど子供ではない。



















                                    ---------------End.
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…無駄に長い…(あ)

 最初は単に「仕事中」の土方(要するに人斬り…;)が書きたかっただけなんですが。血みどろは割と好きで…(え) そこへ神楽を混ぜようと思ったらなんかごちゃごちゃネタ詰め込みすぎました;; ていうか今の原作の二人のレベルを考えるとほっぺ舐めるまでやっちゃったのはやりすぎだと思います日朝さん(自分だ自分)


 こんな馬鹿でも幸せです(書いてる間は(笑))


 タイトルはほんとは意味を考えると「remove」の方が正しい(多分…)のですが、響きが良いのでこっちです。血の匂いと色を消してくれる・と。小さい子供ってなんか独特の匂いがしますよね、抱っこすると。神楽はまだまだガキくさいほうが可愛いです絶対(なんの主張だよ)