困った。






 腕を組む。

 辺りを見渡す。首を傾げる。二回目。



 困った。




 さてどうしよう、口の中で呟きながらそろそろ歩いていると、不意に、聞き慣れた声が聞こえた気がした。きょとんとして、改めて周りを見てみる。と。
 「…もっぺん言ってみやがれ総悟ォォォ!!」

あ、と思わず声が出た。だっと思いっきり駆け出す。そして人ごみを飛び越え、


「――多串クンっ!」
「ぅわ!?」




目の前に迫った黒髪の首筋に、思いっきり飛びついた。















 
 『06,ありがとう。』















 「…で、なんだって……?」
ずいぶん疲れた様子で、首を押さえながら訊く。飛びつかれた拍子に少し傷めたらしい。しかし神楽はいっこうに気にしない様子で、
「だから、はぐれたアル。見つけてきてヨ」
「銀髪たちとか?なら迷子センター行けや。すぐそこ、見えんだろ」
「嫌ヨ、私ガキじゃ無いネ」
「祭りで迷子になるのはガキだけだ!ついでに知り合いの顔見るたんびに毎度毎度抱きついてくる馬鹿もなァ!!」
「毎度毎度抱きつくわけじゃないネ。たまには殴るアル」
「もっと悪いわ!…オイ総悟お前が相手やれ、俺もう疲れた…夏祭りの会場警備ってだけでダルくて死にそーなのによぉ」
「俺ぁこれから見回り行くんでさァ。ごゆっくり」
「お前さっきまで散々渋ってたじゃねーか見回り!!なんだそれ!なんだそれ!!」
「お前ら本気で迷子の子供保護する気あんのかヨ」
「お前が勝手に押しかけてきたんだろーが!」
「迷子はいつ来るか分かんないもんアル。つーかそれが警察の言うセリフかィ」
「オイまた口調伝染ってんぞ!…あのなぁ、大体そこからおかしいんだよ。迷子の保護は俺らの管轄じゃねーの、そこらの同心に頼め。同心に」
「もーちょい派手な喧嘩でも起こってくれりゃァまだマシなんですがねィ、この調子だとホントに仕事ありやせんぜ土方さん。こんなチャイナっ子一人くらいちゃんと構ってやったらどーだィ」
「てめぇさっき真っ先に逃げただろ!」
「いつですかィ」
「さっきだ!」
「何時何分何び」
「あぁもーわかったもう良いっ!!」
 がしがしと頭を掻く。どこかふっ切れたようで、初めてまともに事情を訊ねだす。
「どこではぐれた?最後に銀髪もしくは眼鏡を見たのはいつだ。」
「金魚つかみの前」
「はあ、金……って何ィ!?金魚つかみって、掴むのか!?金魚!?」
「あ、間違えタ。金魚すくいアル、金魚すくい。で、そのあと私ガラス細工の屋台に走た。飾ってあるのずっと見てて、そいで後ろ振り返ってみたら二人とも居なかたヨ」
「ふーん。じゃ、とりあえずその近く行ってみたらどうですかィ」
「行ったアル。何回も何回も行ったり来たり、疲れたヨ。どうしようかと思ってたら、お前らの声聞こえたネ」
「…やっぱ騒ぐんじゃなかった……」
「このテント、大きく“真選組”って書いてあるし」
「大した仕事も無ぇのにこればっかり立派でねィ」
「飛んできたゆーワケヨ」
「飛びついた・の間違いだろ」
「ねー探してヨ、銀ちゃんと新八」
くいくいと袖を引く。土方はあからさまに厭そうに顔をしかめた。
「…探して・たってなぁ…どんだけの広さあると思ってんだよ、ここ。つーか当の銀髪どもは何やってんだ、あっちはあっちで探してんじゃねーのか」
「銀ちゃんと新八、多分わたあめ論争で忙しいアル。三袋目にいくか否か」
「舌おかしいんじゃねーの、あいつ」
「あんたにだきゃ言われたくないと思いやすぜ、マヨネーズ中毒者」
「んだとコラ」
「せめて定春連れて来てれば良かったアル…遠目でもあっとゆー間ヨ」
「いやそれはやめろ。あの巨大犬がこんな込んだ会場入ったらそれこそ誰か踏み殺される」
「あぁもーどうでも良いヨ!!早く来てっ、とっとと銀ちゃんたちに合流するアル!」
「は!?ちょっ……」
細い腕は今度はがっしとしっかり土方の腕を捉えた。強引に引っ張って立たせ、ずんずんと通りへ進んでいく。
「オイ!待っ…ちょ、総悟!お前何傍観してんだ、助けろや!!」
「お達者でー」
「あっ、てめえっ!!日和りがったなこの野郎っ」
「ねーどっち行けば良いと思うアルか?多串クン」
「俺は多串じゃねぇって…!」





























 こつこつこつ。

 てくてくてく。

 二通りの足音が通り、それにつれて僅かに人ごみが割ける。


 「なんかみんな、ちょっと避けてくヨ」
「俺が居るからな」
「多串クン嫌われ者?」
「幕府の狗は何処でだって嫌われ者だよ」
素っ気無い返事にもふぅん・と普通に納得したように頷き、てくてくてく。隊服の裾を握る手は離さない。
「…好い加減放せ。逃げやしねーからよ」
「嫌―ヨ」
「伸びるじゃねぇか」
「伸びれば良いネ」
「んだと!?」
「そしたら私も一緒にくるまる余裕出来るアル」
「くるっ……なんでだよ!ってか、いつやる気だいつ!!」
「あ、りんご飴」
「…あ?」
細い指の指す先には、確かに白抜きの文字ででかでかと『りんごあめ』の文字が綴られていた。微かに甘い匂い。
「ねー買ってヨ、多串クン」
「なんでだよ」
ため息混じりに言い捨て、行くぞ・と促し歩き出そうとする。探す相手は目立つ銀髪だからそれなりに見つけ易いかと見積もっていたのだが、やはり甘い考えだったらしかった。

 しかし裾がぎゅううと引っ張られる。

「……んだよ」
「買、っ、て、ってば。年一回のお祭りアルヨ」
「似たよーな祭りはまだまだあるだろ。つーか、雇い主に買ってもらえあんなもん。」
「銀ちゃんにはチョコバナナ買ってもらうノ。だから、りんご飴は多串クン担当」
「何その役割分担!いつ決めたんだよいつよォォ!!」
「ね、買って買って。一個で良いかラ!」
「一体いくつ買ってもらうつもりだったんだてめェ!」
「りーんーごーあーめー。リンゴ。」

 ぎゅっと裾を握って。上目遣いにじっと見て。


 こいつのこれは天然なんだろうか。上手く回らなくなってきた思考回路で、ぼんやり思った。
















 そして彼は結局飴を一つ、自分は甘いものは嫌いだからと一つだけ、彼女に買ってやるのである。



































 「甘いアル」
「そうかい」
「美味しいヨ」
「そうかい」
「多串クンも食べる?」
「遠慮する」
「気ぃ使うなヨ」
「別に使ってねェ。嫌いなんだよ単純に」
「勿体無いネ。人生の八割損してるアルヨ」
「多すぎねえかその損の割合」
「私、危うく損するとこだったアル」
「は?」
何言ってんだ・とばかりに、ずいぶん下の彼女の顔を見る。彼女はやけに嬉しそうに、ぺろぺろと飴を舐めている。

「地球来てよかったヨ」




ああ、こんなにあまくてやさしい赤も在ったんだ




「これ、ほんとに美味しいアル。」
「…ああ…」
「ありがとネ」
「……ああ。」
「ありがとう。」
くふふと笑って、それからまた軽い調子に戻り、
「また次お祭り来れたら、食べたいアルネー」
ふんと笑う。
「来れるだろ。お前、何年経ってもそらっとぼけて此処に居そうだもんな」
「かもネ」
事も無げに同意して、かりかりかりと猛烈な勢いでかじり始める。少々唐突な行動だったので、土方は呆気に取られてその様を眺めていた。しかし唐突な行動は今に始まったコトではないので特にはつっこまないでおく。というか、今日はすでにツッコミ疲れていた。
 と、飴が残り約一口分ほどになった所で、神楽はかじるのをやめた。じっと串の先のひとかけらを見つめる。
「…?おい、どうした」
食べないのか。言外にそう問う土方に言葉では答えず、代わりににっと口端を吊り上げた。


 悪戯を思いついたような、無邪気でいてあくどい笑みである。







「最後のひとくち、あげるアル」







言うや否や、神楽の手が素早くりんごのかけらを串ごと土方の口の中に押し込んだ。
















 「……」
「あまいだロー。」
「…っ甘すぎるんだよ、馬鹿っ!!」
甘いものは苦手。苦手、な、はずだ。
「お前マヨネーズばっかじゃホントにそのうち死んじゃうアルヨ。銀ちゃんみたく甘いものばっかでもやっぱり死んじゃうけど。それに、こーゆーのはねぇ多串クン」
飴から抜き取った串をまた自分の口に含み、残っている甘みを楽しむようにころころ笑う。
「一緒に居る誰かと、わいわい楽しく食べるのが一番なんだヨ。」
「……」
「って、銀ちゃんが言ってたネ」
「…そーかい」
「で、多串クンは楽しい?」
少し言葉に詰まる。糖をまとったりんごの甘みは、まだ、口の中に残っている。
 返した答えは、
「………さぁな。」
しかしやっぱり彼女は動じない。
「あっそ。じゃ、楽しいんアルな」
「……。」
答えず、いつの間にか思いっきり緩んでいた歩調をまた速めに戻した。すたすたすたと歩きだす。
 そして、まだ握られていたらしい裾を思いっきり引っ張られて危うく後ろにこけかけた。
「なっ……ちょ、お前っ!危ねェだろーがっ……」
「て」
「…て?」
「手ー。」
裾を引く手とは反対側の、空いた右手。ちょんと差し出す。にっこり微笑う。
「………」
 一瞬眩暈に襲われた気もした。
「…阿呆」
くるりと前を向いて今度こそまた歩きだした。若干焦りの色が顔に浮かんでいるのは、誰に言われずとも自覚している。






「大丈夫ヨ、親子ぐらいにしか見えないアル」

「俺はまだお前ぐらいの子供いるような歳じゃねえっ」

「良いから良いかラー。お祭りだもん」

「……。」

「誰も気にしないアル」













 小さな手は、特に遠慮がちなわけでもなく伸ばされて、大きな手をひょいと取った。きゅっと握る。













 決して握り返されはしなかったけれど、とりあえずそれから捜し人が見つかるまでの二十分、彼女の手が振り払われるコトも無かった。
















                                 ---------------END.
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 二月末ほどまで開催されていた「銀魂ノーマルカプ祭り」さまへ献上させていただいたお話です。そういえばもうサイトに上げても良いんだよな・とすっごい今更思って、ファイル掘り出してきました。よかった当時のうちにHTML化しといて(笑)
 テーマ「ありがとう。」を頂きましたので…で、最初は、今もうサイトに上がってる「ふたりぶん。」の方を書き始めたんですよ。あれ、最初は「ありがとう。」だったんです。見つけてくれてありがとう・みたいな感じで(笑) でもなんか途中で行き詰ってしまったので…。そしたらなんか夏祭りネタが浮かんだのでそっちに路線変更して、これが完成いたしました。。

 しかし当時も下にちょろっと書いたんですが、実は私りんご飴って食べたことないんですよね…; お祭り自体数えるほどしか行ってない。近所の神社のは小さい頃結構行きましたがそこは毎年たこ焼き屋一軒とおもちゃ屋(対象年齢(せいぜい)小学校低学年まで)二軒しか出ないとこなのでりんご飴なんて見たことないよ(田舎)
 いつか食べてみたいなあ。。飴の中にリンゴが入ってる…ん、ですよね??違うの?(汗)