「ひーじかーたさーん。なんで俺がこんなんに付き合わなきゃならないんですかィ?」
「て・め・え・が・来客用の茶飲み茶碗ことごとく割りやがったからだろうが」
いかにも不満げに訊いてきた少年(もう歳は青年に差し掛かるのだけれど見た目は、)に、薄く青筋を浮かべて答える。出来るだけ低く、それでいて声は荒げないように気をつけたのが効いたのか、相変わらず不満げながらも少年は一応むっすりと口を閉じた。はぁ・とため息をつき、左右の道脇に延々続く出店を見やる。
そこには、大小様々・色も様々な陶器たちが比喩抜きで山を作れそうに並んでいた。
土方と沖田、二人が揃ってのろのろと歩を進めているのは、町外れで月一回開かれる陶器市の中である。
『犬と茶碗』 CAST:Hizikata,Okita.
「いいじゃねェですかィそんなの、そこらの雑貨屋で買えば。その気になりゃ100円ショップでさえ買えますぜ」
「俺らが使うやつならな。だが今回てめェが棚引っ繰り返して割った中にゃ上役や貴族みてぇなお偉い連中用のそれなりに上等なのも混じってたんだよ。下手なもん出すとまた田舎の芋侍の集まりだとか笑われるってんで、近藤さんが前わざわざ市まで行って買ってきたんだぞアレ…ったく、俺ァあの人と違ってこんなもんサッパリだってのに」
「んなもん俺だってサッパリでィ。いくら俺のせいだって、俺連れてきても無意味でさァ」
「いーやお前がいねェと始まらねェ」
「はぁ?何言っ……っぶ!」
変な声が出た。それというのも、沖田の少し前を歩いていた土方が突然立ち止まったせいである。
「な…っに、やってんでさァ土方さん!」
少々むかっときたのでそう言ったが、当の土方はじっと何かを見つめていて何も言わない。その目線につられて横を見ると、そこには他の店と同じように木の台にいくつもの茶碗やら皿やらが置かれていて、そして土方はその中の一つを凝視しているようだった。
「お客さん、何かお気に召しましたか?」
思いきりごますり声で店主が声をかけてくる。今にも手ぇすりだしそう・とか沖田は思う。土方はいや・と小さく呟いたが、目はまだ一つの茶碗を見ている。茶色い、一見どこにでもありそうな茶碗だ。だが沖田はなんとなく気に入らなかった。先にも言ったように茶碗に関する薀蓄など皆無。ただ、『なぁんか、ヤな感じ』なのである。土方は何を思ってこれを見ているのだろう、もしかして気に入っちゃったのかな、ちょっと嫌だなぁ、なんて思っている間に、店主は土方がどれを見つめているのか見当をつけてしまい、その茶碗がいかに素晴らしい物で作者もどれほど評判の良い匠か、などをずらずら並べ立てていた。土方はそれを聞き流しているのか本気で聞いているのかよく分からない表情でふぅんと適当な相づちを打っている。
沖田は黙ってその店主の説明を聴き始めた。嫌な感じではあるが、特別詳しいわけでもない自分が口出ししてもしょうがないだろうと思ったので。へェこれがそんな大したもんなのかィほんとかよ・なんて思いながら聴いていた。と。
「総悟」
「へ。あ、はィ?」
「これどう思う」
「は……」
いきなり話を振られたので一瞬面食らったが、ぴ・と茶碗を指差されたので、改めてそれを見つめてみた。自分の頭がカラなのは十分承知しているくせになんで訊くんだろう、そう思ったが。
何度見てもやっぱりそれは『ヤな感じ』だ。それで、正直に答えた。
「なんか、気に喰わねェです。ちょっとヤな感じ」
オイオイ兄さん、と店主が苦笑いで反論しかけたが、そちらは全く聞いていない様子で土方は沖田の答えの方に「そうか」と頷いて、あっさり茶碗から目を離し歩き始めてしまった。店主は勿論のこと、沖田すら一瞬ぽかんとしてその背中を見送りかけ、それから慌てて後を追う。
「ちょ、土方さん!」
「なんだよ」
「あの茶碗、いいんですかィ?」
「だって、ヤな感じ、なんだろ?お前」
「そうだけど…俺なんかの言葉、真に受けちゃって」
「馬鹿、なんのためにお前連れてきたと思ってる」
「は?」
きょとんとすると、ふ・と口端を上げて土方は笑った。懐から煙草を取り出し、一本咥えて火をつける。
「総悟、お前、良い器ってのがどんなもんか知ってるか?」
「だからサッパリだっつってんでしょ。ていうかアンタだってサッパリのくせに」
「近藤さんの受け売りだよ。…あの人曰くな、人をもてなす器の善し悪しは、作った人間の心持ちで決まるんだそーだ」
「…へぇ?」
「何百万で売れるとか売れないとかそういうのは本質じゃない。良いモンを作りてェ、誰にも愛される美しい器を作りてェ…そう思いながら作って、そして出来上がったのを自分の子供みてえに愛する。そうやって店まで送り出されてきた茶碗てのは、無名の作家のでも、手に取った時なんとなく気持ちのいい、客に出すには最高の茶碗になるんだとさ」
「……ふぅ、ん?…で、それと俺を連れてくるのとなんの関係が」
なんだか思いがけず長い説明をされたので、沖田はそろそろ『なんとなく』程度にしか土方の言葉を理解できなくなってきていたが、土方はそれに気付いていないのか気にしていないのかさらに続けた。
「お前に関係あるのはこの後。……逆に、悪い器ってのもある」
「はぁ」
「それが、世に言う贋作ってやつ。高く売れてる他の作家のやつを、良い作り方学ぶ為でもなんでもなくただ儲けるために、形だけ真似て作られた器。そういうのは、どんだけ形を真似てもなんとなく卑しいんだと。心が無ぇんだ、だから形色姿云々以前に駄作になる」
「…だからぁ、茶碗の善し悪し云々はもういいですよ。結局俺はなんなんですかィ」
「嗅覚買ってやってんだよ」
「……」
またクエスチョンマークを頭上に浮かべ黙り込んだ沖田にくすりと笑う。
「上客向けの上等な茶碗っつったって、別に高級茶碗求めてるわけじゃねーんだから、ウチは。ある程度見栄えがして、多少突っ込まれても『無名ですが良い作ですよ』なんて笑って返せりゃそれでいいんだよ。だが、唯一問題外になるのが、下手に有名な匠の印とか彫って見た目取り繕った贋作だ。そんなもん目の肥えたお偉方になんぞ出したら、こんなちゃちな贋物に騙されるとはやはり田舎者は・とかなんとかって馬鹿にされるに決まってっからな」
「……、…!」
ようやく沖田の思考も土方の言わんとする内容に追いつき始める。
「…つまり、ほんとの意味での“贋作”さえ避けられればなんでもいいわけですねィ?五千円でも千円でも」
「そ。見た目の善し悪しぐらいは俺でも分かる、が、贋作の方は知識があるかもしくは――…」
「近藤さんの言う“卑しさ”で見分けるしかない、と。」
「やっと分かったか?」
煙草をふかしながら笑う。お前は勘がいいから・と言いながら紫煙を吐いた。
「とりわけ他人の悪意や打算なんかはきっちり嗅ぎ当てる」
だからまず俺が見た目を判断した後でお前に“中身”見てもらえば万全だと思ったんだ。そう言って笑う土方に、むすりと口を尖らせて、回りくどすぎでさァ・と文句を言った。
「これぐらい口頭で理解しろ。お前いつか作戦勘違いして死ぬぞ」
「ご心配なく、俺ァ土方さんと違って強運だし多少間違えても力づくでどうにか生き残りますから」
「オイコラてめェマジで作戦ってのを馬鹿にすんなよ?……」
再び軽口の応酬になり始めた会話。合間、たまに土方が足を止め、目を付けた茶碗をじっと観察し始める。沖田は、その茶碗が合格点に到達するか否かを土方が見定め、そして自分にどう思うか訊いてくるまで、ぼーっと空でも見て待っている。
屯所に、淡い緑色の釉で艶やかに色付いた小振りの茶碗が持って帰ってこられたのは、その日の夕方近くだった。
それは特に知られた陶匠の銘が打ってあるわけでもなく、そう高価なわけでもなかったが、手に取るとなんともいえない温かみのある、いい茶碗だったという。
------------End.
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なんか、テレビを見てるうちになんとなく、「贋作の雰囲気を勘で察するんで意外に目利きだったりする沖田とかいいなあ」と思って(っつっても「な●でも鑑定団」ではありませんでした確か)、それだけ目指して書き上げたらこんなん出来ました。もはや何が書きたかったのかよくわからないよコレ。(ぇ) やべぇいっそ清々しいくらい中身が何も無い…何これ……土方と沖田の二人を喋らせるだけで私は楽しいから書くだけ書いてしまいましたが(ぉぃ)
沖田は微妙に頭カラっぽ、土方はそれは十分分かってるけど勘のよさも知ってるんで要所要所で頼りにしてる感じ。が、好きです。。
茶碗の善し悪しのくだりは単なる私の偏見です(ぇ) いや鑑●団見てるうちになんかそんなもんなんじゃないかなあって思ったので…安くても中島さんとかが「いい茶碗ですよ大事にしてください」っていうことあるのはきっと“贋物”じゃないからなんだろうなと。そうでさえなければ別に安くってもいいんじゃないかな、って、私は思いました。あれっ作文?
タイトルはぶっちゃけヤケクソです。考えながら「もうこれ日記に小ネタとして無題で上げた方がいいんじゃねーの」とか思いました(ぉぃ)