『ふたりぶん』            CAST;Hizikata,Kagura.











 てとてとと歩いている彼女の後ろ姿を見た。

 今日、午後だけで三回目。

 「……?」
何やってんだ・と口の中で呟いて、それから煙草を咥えたまま呼んでみた。
「チャイナ!」
桃色の頭が振り返る。合った視線は、あからさまに面倒臭そうだった。
「何アルか、多串クン」
「土方だ」
形式的にツッコミを入れながら、内心首を傾げる。声をかけて、こいつが嬉しそうにしないのはそういえば初めてだった。
「お前、今日はやたらこの辺うろうろしてねーか?」
「…別に。なんでヨ」
「今日、午後の見回りだけでお前を三回も見かけた」
「……ふぅん」
「なんか有るのか?この辺」
「…無いから困ってるアル」
「あ?なんだって?」
「なんでもないヨ!私、今、多串クンと遊んでやるほどヒマじゃないネ!!ばいばい」
「は?ちょ、おいっ……」
慌てて呼び止めたが、神楽の背中はみるみる遠ざかっていった。あとには、ぽかんとした土方が残される。
「…なんなんだ、ホントに……」
ぼやきながら、もう一度、うろついている時の神楽を思い起こしてみる。
 殊更にゆっくり歩いているようだった。それに、何か、何か強い違和感を感じることが――…
「…あ」
ふと思い出す。神楽は、歩きながら、ずっと下ばかりを見ていた。
「……なんか…捜してんのか?」


 答える者は誰もいない。




















 「困ったヨ……」
肩を落とし、少し重い足取りで道を行く。
「どこに落としたかなぁ、アレ」
逡巡してみても、もう思い当たる場所はほとんど探し尽くした。そろそろ、太陽の下で行動する体力も限界に近い。
「あとは……昨日、どこで遊んだカ」
首をひねりひねり、同じような道をぐるぐる回る(曲がり角を全て同じ方向に曲がっているのである)。彼女にしては、かなり深刻に悩んでいるようだった。
「やっぱり、銀ちゃんに白状しなきゃ駄目かネ」
「何を白状すんだ?」
突然真後ろから声をかけられ、思いっきり飛び退く。瞳孔の開いた鳶色の目が、呆れたカオでこちらを見ていた。
「やっぱ上の空だな。こんだけ近くに来ても全然気付かねーか」
「なんで居るノ、多串クン」
本気で吃驚している神楽に、あー、と曖昧な声を漏らす。
「…いや、また偶々見かけたからよ。しかもずーっと同じとこ回ってるし」
「なんで私の歩いてた道のり知ってるアル」
「あ。…いや、まぁそれはともかく、なんだ。お前、なんか探し物でもしてんのか?」
神楽はまた素直に吃驚する。
「なんで分かったノ多串クン!?」
「お前の姿見て、ちょっと考えりゃ誰でも分かると思うぞ」
はあとため息をつき、
「何探してんだ?言ってみろ」
「…言ったら、どうするネ。」
「さあ?ただ、言わないよりゃマシだと思うぜ」
 暫し、迷いの一時があった。そして何かを決心したように顔を上げると、
「首飾り。」
「首飾り?」
「そう。こんな、空色のびー玉付いた、銀の鎖の首飾りアル」
指で作った輪は直径2センチくらいだった。きょときょとと瞬きをし、ふぅん・と呟く。
「心当たりは?いつ失くした?」
「昨日。首にかけてたのに、夕方、気が付いたら無かったヨ」
「遊んだ場所とかじゃねーのか。家は。」
「家はタンスの裏まで探したネ。遊び場所、いっつも街中駆け回るから全部回るのも一苦労。それでもあらかた探したアル」
「…厄介だな……ここ・って思う所はねーのかよ」
「一個あったけど……」
困ったように首を傾げる。
「無かったヨ。」
「どこだ?」
「お前んとこの木のウロ。」
「何!?」
今度は土方が驚いた。どういうことだ・と問い詰める。
「昨日、ミントンと一緒にちょっと遊んだアル。で、羽根が木に引っ掛かったの、取りに行ったヨ。その時、そういえば、木の枝が首の辺り引っ掛かった気がするネ」
「……」
山崎、後でシメる。内心そんな決心をしながら、
「そこは探したんだな?」
「ウン。一番、念入りに。」
 少し思案。そして、
「見回りコースの残りで良いなら、一緒に探してやる。付き合うか?」
途端に、神楽の顔がぱあっと輝いた。






















 「…あったか?」
「……。」
ふるふると首を横に振る。心底がっかりしたように眉根を寄せ、はぁとため息をついた。
「しかしなぁ…もう街も一回りしちまったし。そこ曲がったら屯所だぜ」
「…分かってるヨ!」
いらいらした様子で言い、少し歩調を速くする。その背中を見つめながら、土方も息をつく。
 神楽には言っていないが、実はすでに見回った道まで含めて一緒に回ってやっていた。結果がこれだ。大体この広い街中で、手の平に乗る首飾りを見つけるというのは奇跡に等しい。
 「…なァおい……」
諦めたらどうだ。どんな大事なもんなのかは、知らないが。
 そんな言葉が出かかった。情けないとは思いながらも。だがちょうどその時、
「もっかい木のとこ、探してみるネ」
存外強い声だったので、結局さっきの言葉は呑み込み、ああ・と答えた。

 件の木のある屯所はもうすぐだ。

























 「…やっぱり無い……」
念のためと庭中まわって、戻ってきて開口一番のがっかりした声に、予測はしていたものの自分までどこか落胆したような気分になった。息をつく。
 しかし不意に、思い出したことがあった。他愛もないことではあるが、
「……おい」
「何ヨ」
とりあえず訊いてみる価値はあるかもしれない。

「お前がミントンの羽取りに行った木って、どの木だ?」

































 不安そうに上を見つめる。
 「多串クーン」
だいじょぶカ?呼んでも、しばらく返事は無かった。カラスの鳴き声がやけにうるさいし、なんとなく不安が募る。大体、自分の答えを聞くや否や木の一番てっぺんまで登り始めた彼の真意が全くもって解らない。
「ねぇ、多串クンってばぁ」
返事の代わりに悲痛な叫びが聞こえた。
「痛てっ!!」
ばさばさという鳥の羽音。ぎゃあぎゃあ騒ぐカラスの声。そして、どさっと土方が落ちてきた。それなりに慌てながら、駆け寄る。
「何してるヨ多串クン!だいじょぶっ……」
「ほれ」
「へ?」
ぽい・と土方が何かを投げた。咄嗟に受け取る。土方の手が温かかったのか、生温い感触。
「あったぞ。それだろ、首飾り」
心なしか薄汚れてしまった顔で、それでもにっと笑う。それから小さく、あー痛ぇ・と呟いた。
「…あ……」
手の中を見る。銀色の細い鎖。同じ色の土台に、不格好だがしっかりと取り付けられた空色のビー玉。
 確かに、捜していた大事な大事な首飾り。
 「…っありがと多串クンーっ!!」
「ぶはっ!ちょ、おまっ、俺今あの高さから落ちてきたんだよ!痛ェんだよ一応!思いっくそ突っ込んでくるんじゃねっつのコラ!!」
今更だが怒鳴りつけたところで彼女は離れるような人物ではない。ぴったり抱きついてちーとも離れない。それどころか酷く興奮した様子で早口に質問をしてきた。
「なんでなんで!?私、私が羽探しに行ったとこまでしか行ってないアル。なんであんな上まで行ったかヨ」
「……。…カラスだよ、カラス」
「からす?」
きょとんとして、それから思わず上を見る。一羽、すうっと空を滑るように飛ぶのが見えた。首を傾げる。
「カラスがどうしたネ」
「カラスってのはな、光りもんが大好きなんだ。ガラスとか金属とか、きらきらしたもんが好きで、見つけるとすぐ持って帰って巣とかに集めるんだよ」
「へーっ」
「で、ちょっと前からこの木のてっぺんで巣作ってたの思い出してな。もしかしたらと思って訊いてみたらやっぱりこの木だって言うし…大方、落ちてたのをカラスがガメたんだろうと踏んで、登って巣まで行ったんだ。カラスに攻撃されてこのザマだけどな」
「……。そっか…」
呆けたような感心しているような、曖昧な表情で手の中の首飾りを改めて見つめる。それきり何も言わないから、少し業を煮やして、
「…で、なんなんだその首飾り」
「ン?」
「だから、首飾り!なんであんな必死になって捜してた?」
そんなに大事なもんなのか。言外に訊ねる言葉に、ああ・と思い出したように手を打つ。
「…言ってなかったっけ」
「あー言ってないよ」
「これねー、銀ちゃんにもらったアルヨ」
「……なんだって?」
思わず驚いたのは、案外簡単な内容だったから。
「こないだ、やっすい食材探しに地下街の市場行ったネ」
「…闇市じゃねェだろな、それ……」
「そしたら、怪しげなオッサンがこういうのいっぱい売ってたアル」
「……不法入国者じゃねェか?それ…」
「どれもこれもキラキラして、ごっさ綺麗。でも食べ物より高かったから、私欲しいなんて言わなかたヨ」

でも、あの人は、すっと手を伸ばして。

「テメエが素直に欲しいって言わねー方が気味悪ィや・だって。それから散々値切って、買ってくれたアル」
くすくす笑う。思い出したのか、嬉しそうで。
「地球に来て、私、今まで欲しくても手に入らなかったものいっぱい手に入れたヨ。これもその一つ。」
だから大事だったアル。そう言って、神楽はすっと首飾りを日にかざした。差し込む光。蒼い影が彼女の鼻先に落ちる。
 喜びで微かに紅潮した彼女の頬を少し見つめ、それからふっと土方は視線を外した。
 ぼそ・と言う。
「…それ、貸せ。」
「ン?なんで」
「鎖、切れてんだろ。直してやるよ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、半ば奪うように神楽の手からそれを取った。

























 「じゃーネ、多串クン。見つけてくれてありがとアル。あと、直してくれて」
「よせ、気持ち悪ィ。…もう失くすなよ」
「あたぼーヨ」
「どこで覚えたそんな言葉…って、あれ?着けねーのか」
「何ヲ?」
「いやだから…首飾り」
「ああ」
ごそ・とポケットを探り、取り出し、見せる。
「今日はもう失くさないようにここ入れとくネ。帰ったらちゃんとしまうアル」
「なんだ、宝箱でもあるのか」
はっ・と少し鼻で笑ったが、そうだヨ・と案外真面目に帰ってきた。
「宝物いっぱい。大事な大事な箱アル。そこに入れるヨ」
「……へぇ」
「殿堂入りみたいなもんネ。光栄に思うヨロシ」
「なんだそりゃ…ってか、なんで俺が光栄になんて思うんだ。」
それ、銀髪のだろ。少し低い声で言った土方に、少し目を丸くすると、
「だって、あのままだったら多分私、一生見つけられなかった」
今度は土方が少し目を丸くする。
「多串クンのおかげヨ、こうしてまた此処に戻ってきたの。」
少し笑って、
「思い出、二人ぶん。大事にするネ」
言うと、軽やかにくるりと回って、家の方向へと駆け出した。夕陽が逆光となり、緋色の陽光の中に赤いチャイナが溶けていく。


 「……二人ぶん、ね」
しばらくして、ぽつりと言った。それから、加算されてもしょうがねェんだけどな・などとぶつぶつ言いながら、黒い影はゆっくりと門をくぐる。











                                    --------------End.
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 元々はノマカプ祭りさまに納品した「ありがとう。」に沿おうとして書き始めたものでした。が、長くなった上だんだん収拾付かなくなったので急遽祭りの方には別の話を書いて、こっちはこっちでそのうち仕上げようとか思っててすっかり忘れてたネタなんです(おい)

 カラスとか別に要らねーなーとか思いながら書いておりました(話出来ないじゃんそれ)
 当初構想では確か土方からも何か貰って「宝箱入り」するはずだったのですが何をもらうのか忘れてしまったので言葉でうまいことつなげたつもりです(うまくもないしつなげてないしっていうか忘れたのかよ)



 この話を書き始めたのがちょうど微妙にネタ切れしはじめ頃だったので土方と神楽があちこち別人だったりします。(今もな今も)