「…もう、七夕は過ぎましたよね?」
「ええ。天の川、綺麗でしたよ。兄上と見ました」
「では、星を見る・というのは……」
「ええ。星を見るのですよ。」
「……」




 埒が明かない。

 心密かに土方はそう嘆いた。



















『星待ち』 CAST:Hizikata,Soyo.





















 「別に、七夕だけに限ることはないでしょう。星はいつでも空にありますもの」
「…その通り、ですけど。」
 だったらどうしてこんななんでもない普通の日に突然町外れの丘に来てまで星見などに来たのか、その理由を聞かせてください・そう訊きたい気持ちでいっぱいだったが、一応呑み込む。目の前に開けた空を見た。真っ黒い空。白い星。そしてその下に広がる江戸の夜景。
「…綺麗ですね」
「はい」
沈黙が降りる。六つも七つも年下の相手に何を話せば良いのかなんて彼は知らない。
 気まずい。
「……あの…」
「はい?」
「…本当に、許可下りたんですか?城の者を一人も付けず、私一人護衛に付けるだけで、外に出るなんて」
「ええ、下りました。」
「……」
「疑っていそうですね。本当ですよ。とても苦労はしましたけれど、ちゃんと」
「…そう、ですか。でもどうして、私なんですか」
そこで初めて少し、そよが言いよどむ。
「……どうして、でしょうね。…でも、どうしても、貴方が良かったのです」

 だから、今は少し黙って、此処に居てください。

 呟くように言って、隣に腰を下ろしている土方にほんの少し寄る。そよの隣に座ることさえ最初渋っていた土方だったから、素直にぎょっと身を引いた。じろりと睨まれる。背中やこめかみにどっと汗が噴き出していたが、そんなことも気にしていられない。
「…いえ、あの。……あまりそよ様の近くに居ると、いざという時に動けません」
「鬼の副長殿ならどんな時も護って下さるでしょう」
「……」
 再び言い負けた。
 というか、沖田相手なら別にそこから何か言うことも出来たのだが、相手はそよ。あまり乱暴なことも言えない。結局押し黙り、元の体勢に戻る。話している間もどうやら彼女は距離を少し詰めていたようで、前より更に身体がくっついた。触れる右腕から硬直する。



 帰る頃にはあちこちが攣っていそうだ。





























 静けさが辺りを支配している。
 十数メートル後ろの森も今は微かにざわめくだけで、何も言わない。江戸の街はずっと下で、電線にも宇宙船にも邪魔されない星空はずいぶん久しぶりな気がした。思わずふっとため息が漏れる。
 それが聞こえたのか、そよが少しこちらを見た。心配そうな目つき。
「…やっぱり……退屈でしたか」
「は?」
思わず間抜けな返答をしたが、すぐ慌てて取り繕いを試みる。ああ、俺のため息をそういうふうにこの人は受け取ったのだ。
「いや、あの、違います。退屈で息をついたんじゃなくて…その、久々に何にも邪魔な物がない空を見たものですから」
「では、…ほっとした、ため息?」
そんな優しげな表現は自分には似合わない気がしたけど、一応頷く。
「だから貴女がそんな顔をすることはありません」
少し間を空けて、彼女は微笑った。ほんの少し俯き加減で、長い睫毛が瞳の光を塞いでいる。
「…貴方は、優しい。」
「え」
何を言ってんですか・と叫びかけたが、すんでのところでそれを止めた。こっそり深呼吸していると、またそよが話し始めた。目は空を。

「私も、何も無い空を探していたのです」

広々とした空は黒と白の世界だが、

「船も電線も好きではありません。屋根も」

それでも城の窓から見るよりはずっときれいな気がした

「だから、星と空だけを見てみたかったの」

今ならごみごみとした街もただの数個の光の粒と闇とになるから

「…出来れば、」

 少し間が空く。黙って聞いていた土方が、不思議そうに少し下にある彼女の顔を見下ろす。


「出来れば……流れ星も、何も無いここで見てみたかったんですけど」


 言って、改めて微笑んだ。ほんの少し寂しい笑顔。いつも笑顔は見ているのにそれはどうしてか初めて見た気がした。
 不意に、そっと腰を上げる。
「そよ様?」
「行きましょう。あまり遅くなっては、きっと貴方が怒られるでしょう」
「……それは、」
 それは確かにそうだった。今ここには彼女と自分しかいない。彼女に何かあれば全ての責任が俺にくる。
 そうなのだけど。

 だけど。










 「そよ様」
呼んで、そっと彼女の袖を掴む。酷く驚いた顔で、彼女がこちらを振り返る。その表情を見て、俺は何をやってるんだろうとふと思ったが、それ以上考えると混乱しそうなので深く突き詰めないことにした。
「……星を、」
「はい?」
「流れ星。…を、見るのでしょう。」
「……」
「懸けたい願いが、あるのでしょう?」
「…はい。」
 初めて聴く、本当に消え入りそうな声。
「なら、待ちましょう。」
「……星を?」
「ええ。こんなに広い空ですから、待てばきっと一つや二つ、落ちてきますよ」
言いながら、そう簡単に落ちてくるかな・とも思っていた。けれど、今は待っても良い気がした。
 願いを懸ける星。
 貴女の、願いを。




























 「…そうします。」
長い間の後に、そよはそっと元の位置に腰を下ろした。


 土方の真横に。





































 二人、待つ。
 並んで座って、ただ空に一すじの光が走るのを待っている。
 屯所の連中、とりわけ沖田や山崎なんかに見られたりしたらさぞや笑われる光景だろうな・とちょっと思う。

 それでも、空を見つめるのはやめない。

 冷えた夜の空気が、しんと肌を刺していた。






































 「――あ!」
「…あ」
そよは割と敏感に、土方は若干のんびりと声をあげた。それからまた少し、沈黙が降りる。
 土方が口を開いた。
「……落ちましたね、今」
「はい。…あっという間……」
「何か願いは懸けられましたか」
「……はい」
「…どんな願いか…は、訊かない方が宜し」
「あ!」
「え?」
「今、また落ちました!」
空に視線を戻し、しまった見逃した・と少し顔をしかめる。
「…では、二回懸けられましたね」
「いいえ。一回ずつです」
 きょとんとしてまたそよを見る。彼女は嬉しそうに微笑った。
「一度目は、また神楽ちゃんと逢えますように」
遊べますようになんて贅沢は言わないから、一目でも・と。
「そして、二度目は」

 一瞬土方を見上げてそれからそっとその腕に肩と頬を寄せて、


 「…いつかまた、土方さまと一緒に星を見れますように」




























 流れる間に三回なんてそれは無理。皆がもう知っていること。

 でもだからって、星に祈ることまでやめようとは思わない。三回は無理でも、流れるまでの長い間に祈って祈って祈り続けて、そして流れたその瞬間にも祈っていれば、もしかしたら届くかもしれないでしょう。


























 どうせ他に出来ることなど何も無い弱い私だから


































 「土方さま、私の願いは届くでしょうか」

「…どうでしょうね」

「そうですか。私は届くと思います」




 やっと始まった帰路を、そよは彼女の思う以上に軽い足取りで辿っていた。



































 隣に貴方。同じ街に、大好きなあの子。
















月の無い夜空も、今はどんな満月の夜よりずっと輝いている気がした。















                                  -----------End.
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 土そよラスト。…多分……(ぇ
 BGMはスピッツの「涙がキラリ☆」です。兄貴のおかげで結構好きなんですスピッツ…「星を待っている二人 切なさにきゅっとなる」とか「本当はちょっと触りたい」とか…!歌詞もメロディも可愛いんだこんちくしょう!(お前の文が可愛くない)

 土そよはなんだかんだ言ってやっぱ純情が好きだなあ…ていうか私ってどろどろは全然書けないかもしれない。も血みどろはある程度書けるけど感情のどろどろがちっとも書けない…浅いなあ。もう全てが純情だよ(違ぇ)


 やっぱり振り回されるお人好しな土方さんが好き v……あぁ進歩の無い人間だ(何)