特に何をするでもない。
 ただ風が煙を流してくれるここを好んでよく喫煙場所に選んだ。そして今日、今も、ぼうっと空を眺めながら煙草をふかしている。













『瞳に呑まれる』    CAST:Hizikata,Kagura.














 土方は不良でもないが決して優等生のつもりもない。

 別に反社会的行為の限りを尽くしているわけでもないのに『よい生徒』という感じがしないのは、そういった人間になりきれないのは、元々の気質が決して善良でないせいだろう。もし近藤のような人間が身近にいなければ、ひょっとしたら結構救いようの無い人間になっていたのかもしれない。この点において沖田などは恐らく同類である。

(だめだぞトシ、未成年のうちからそういうの吸ってるとな、ほんとに早く死んじゃうんだぞ!俺、トシには早死になんかしてほしくないからな!!)

本気で心配して真剣に諭す馴染み深い声が脳裏に蘇り、ふっと笑う。その言葉を最初に言われた時、子供扱いされてるようで照れ臭いのと同時に嬉しかったのは本当だ。それでも、何度言われても懲りずに吸っている自分も偽りではない。鏡合わせ。一人の人間なのに、自分の中には鏡一枚隔てて向かい合う、全く別の自分が住んでいるのだ。多分。
 ふう・と紫煙を吐く。その向こうに、うっすらと見覚えのある顔が霞んで見えた。名前は、なんだったろう、思い出せないが、確か二つ隣の組の女子。
「わーるいんだ。風紀副委員長が屋上でサボってタバコ」
わざと少しふざけたふうな声にも無表情で、またフィルターから煙を吸い込む。
「サボりはお互い様だろ…告げ口するか?」
「しないけどー」
ちょん・とすぐ傍に膝を折ってしゃがみこむ女。のろのろと顔を上げてそっちを見たら、白い手がすっと煙草をさらっていった。
「一人でこんなの吸っててさ、つまんなくない?」
上目遣いに見つめてくる目線。はっきりとその向こうの心が読めたことなんかほとんど無いが、まぁ大体何を言いたいのかは分かる。
「じゃあこれより面白いことあるか?」
「あるんじゃない?」
さらわれた煙草が少し離れたコンクリの地面の上に落ちて、スリッパに踏み潰される。あぁ勿体ねェな・とちょっとだけ思った。
 ふわりと伸びてくる腕。首に巻きついてきても特に動かず、近づいてきた細面をじっと見つめる。そのままやんわり触れてきた唇を、ただ受けた。
 口付けたまま手を伸ばして相手の背中に回すと、足の脇と間に相手の膝が降りてくる。近づいた腰に腕を絡めて抱き込んだ。少し舌を出して唇を舐める。かすかに化粧品の味がして、不味い、と思った。だが引くことはせず、そのまま口の中に割り入っていく。だが、ぼんやりした脳は目の前のこととは無関係に頭の隅で考え続けていた。


 風紀委員長の近藤について、遅刻だの校則違反だのを鬼の形相で取り締まる自分と。
 屋上なんぞで常習的に喫煙し、こうして名前も覚えていない女の相手をしたりする自分と。

 大きな矛盾だ。でも心は矛盾だと思わずに、平気で両者を共存させている。きっとこれから先もそうなのだろう。どちらかを殺したりはしない、出来ない、どちらも間違ってはいない。
 ただあの人の隣にいるときは“ちゃんと”笑える、真実なんてそれでいい。



 女が土方の学ランのボタンをいくつか外して、奥のワイシャツのそれもゆっくりとだが外していった。冷たい手がするりと胸元に入ってくる。皮膚を這う手の温度差に、ぞくりとして少し身震いをする。相手の腰に回した腕に力が入り、掻き抱くように服の端を握りしめた。
 そのまま、手をセーラー服の中に滑らせる。素の背中を撫ぜ上げて、下着まで到達するかと思った時、ふと“その”気配に気付いた。唇は合わせたまま、ゆっくりと目だけで上を見る。
 土方たちがいるのは屋上に出る入り口のすぐ裏手だ。上はコンクリの屋根である。そしてその上には貯水タンクがあるはずだった。まぁ要するに結構広いスペースがあって、サボりのためには努力を惜しまない沖田のような連中にとっては良い昼寝スポットなのである。特に利用しているのを見たことがあるのは沖田の他には、左目に包帯を巻いたこちらは正真正銘不良のクラスメイトとかどこぞの甘党不真面目教師とか――…

 …あと、女生徒で一人。

 くっ・と内心で笑う。そして、最後の名残というふうに相手の唇を食むようにして吸って、わざと音を立てて離れた。背中の手は元通り服の上に戻す。不思議そうな目がこちらを見た。
「どうしたの?」
「やめた。気分じゃねェ」
「えー何それー」
今の今まで乗り気だったじゃん。そう言って口を尖らせられても困る。そもそも誘われて流されたことはあっても自分から乗る気になったことは無い。とは、口に出したらますます面倒なことになると思うので言わずに、肩をすくめて微笑った。
「また今度な。今日は一人がいい」
「もー」
ぷく・と膨れて、女が立ち上がる。あまり食い下がるとこちらの機嫌が悪くなると、一応解っているらしかった。ありがたいことだ、とかぼんやり思う。
 じゃあねまた今度、絶対だよ。言う言葉に頷いて、離れていく背中を見送る。それから、さて・と煙草を取り出して、火をつけて、一吸い。
 ふー・と煙を吐き出して、それからあまり大きくはないが上に届かなくもない程度の声で、
「オーイもういいぞ、出て来い」
言った。びくりと動く気配がしたが、そのあとはだんまり。往生際悪ィな・と内心舌打ちする。
「オイコラ、上居んだろ。観念して出て来いチャイナ娘」
「なんで分かるアルかァ!?」
今度は思い切りリアクションがあった。勢いよく屋根の上からぴょこりと覗いてきた桃色の頭。眼鏡越しの青い目と目が合う。すぐに我に返ったらしく、げっ・と口を抑えて顔をしかめたクラスメイトに、にやりと笑ってやった。
「やっぱテメーか」
「……だから、なんで分かるんだっつーノ」
やっと諦めたらしく、神楽はむうっと膨れ面でぴょいと飛び降りてきた。危ねーっつの・と軽く呆れてたしなめたが、ナメんな・とか返されたのでもうそれ以上つっこまないことにする。そういえば彼女の運動能力は常人離れしていた。
「ねー、なんで分かったネ。私見えた?それとも声とか聞こえちゃったアルカ?」
「いや。気配で見当ついた」
「私の気配なんて分かんのかヨ」
「違う違う」
煙を吐き出しながら、面白そうに神楽を見上げて言う。
「最初は誰かがいる、と分かった。それから、緊張する気配がした」
「…だから?」
「俺の知ってる限り、上登ってサボる連中の中であの程度の絡み見て動揺するような初心なガキはお前ぐらいしかいねー」
「んだとォォォ誰がガキだァァァァ!!」
「うわバカ騒ぐな!今一応授業中だぞ!!」
三白眼で掴みかかってきた相手を慌てて抑えて口をふさぐ。咄嗟に腕を回したので結果的に後ろから抱きすくめるような格好になったのだが、途端に神楽が反応した。眉の端を吊り上げてばたばたと暴れる。
「…っ放せヨこのインラン男!スケベ!セクハラァァァ!!」
「あぁ!?何言っ…つーか痛てっ!痛いわこのアホ、拳振り回すんじゃねー!!うわ引っ掻くな!」
あまり暴れるので、しょうがなく手を離す。引っ掛かれた手の甲を撫でながら、痛ぇ・と呻いた。じろりと睨む。
「ったくこの野郎…淫乱てもしかしてさっきのアレ見て言ってんのか?だからガキだっつーんだよ馬鹿!!」
「何ヲォォォォ!!真っ昼間からいきなり昼ドラ展開なんかおっ始めやがっテ、驚かねー方がおかしーヨ!間違ってるヨ!私は午後のおやつをすがすがしい青空の下でのんびり楽しもうと思って来ただけなのニ!出るに出れねーしヨォォォ無駄に疲れたわバカヤロー!!」
「真っ昼間にやるから昼ドラだろーが!ていうかだから途中でやめてやっただろーが!!」
「ウワッあれ以上やる気だったヨこの人!!イヤだ変態ですワ皆さーん教師と生徒の皆さーんこの人ヘンターイ!!」
「だァァァうるっせェなホントに!!黙れクソガキ!!」
「誰がクソガキネ!!」
「お前だよ!ったく……」
あーあーまた一本無駄にした・と、乱闘している間に床に落ちてしまった煙草を改めてもみ消して、また新しいものを取り出した。ぼっ・とライターが火を噴いて、一瞬土方の顔から胸までが照らされる。さっきの女がやってそのままの、珍しく大きく開かれた学ランとシャツからのぞく肌は、炎に照らされても異様なほど白く見えた。
 …っていうか……。
 ふいに黙り込んで青い瞳をじっとこちらに向け始めた少女に、なんだよ・と訝しげな目と声を返す。言われて初めて自分が土方を凝視していたことに気付いたのか、少し慌てて「なんでもないヨ」と顔を背けた。その様子を暫く眺めて、にた・と笑う。それを見咎めて再び神楽が「何ニヤニヤしてるネ!」とつっかかってきたが今度は構わずに、
「いや」
手を伸ばして、丸くでかい不恰好なメガネをさっと奪って。反対の手ですい・と少女の頤をとって引き寄せて、
「――少し、惚れたか?」
言った。至近距離、微かな吐息に乗ってふわりと煙草が香る。男にしては長めの睫毛の奥で澄んだ鳶色の瞳が真っ直ぐこちらを見る。

 瞬間的に上った血は顔に行ったのか頭に行ったのか、神楽自身にもよく分からなかった。

「……っ誰がだァァァァァこの女ったらし喫煙サボり魔ナルシストォォ!!」
どがん・と轟音が響く。ちょっとだけ校舎が揺れた。
 砂埃が去って、あとにはコンクリの床に見事に空いた大穴が残る。すんでのところで避けた土方は、若干顔を引き攣らせて、恐っ・と呟いた。神楽は強烈な一撃を繰り出すと同時に駆け出してしまって、もういない。
「…メガネ置いていきやがったな……」
つーか伊達かよ・と心中呟き、まぁあとで返してやるか、とため息をついて胸ポケットにしまった。それから、今の音で駆けつけてくるかもしれない教師達に備えて自分も退散することにする。やってきた連中と鉢合わせしてしまったら、まぁ風紀副委員長の『まぁまぁ優等生』な顔で適当に言い訳するとしよう。そういえば開いたままの胸元を今更合わせつつ、ぼんやり思った。

 にしても、妙に面白かったな。三十秒前までのやりとりを思い出して、また少しだけ笑った。




























 神楽は駆けていた。
 目的地は裏庭である。全速力で走って辿り着くと、お目当てはちゃんとそこにいた。白い巨犬、定春である。
「定春ゥー!」
叫んで、もふもふの毛並みに顔を埋める。他の生徒なら定春の激しすぎるじゃれつきを恐れて近づきもしないのだが、神楽だけは対抗できる力があるので遠慮無しに抱きつけるのだ。
 あたたかくてお日さまのにおいのする首に顔を押し付けながら、ありえないありえない絶っっっ対ありえないとぶつぶつぶつぶつ繰り返した。
 だってアレだよアレ、裏じゃあの不良っぷりだし普段だってよりによって沖田とかゴリラとか特に気に入らない連中(後者は妙のストーカーだから)と友達で目つき悪くて昼にはなんかマヨネーズまみれの気持ち悪い弁当食ってるし鬼なんて呼ばれるほど恐くて厳しいって評判で私だって何度校門で遅刻だのなんだの怒鳴られたことか!いいとこなしじゃんありえねーヨ!!
 思い返すと今まで見てきた短所の数々がぼろぼろと出てくる。そうだ惚れたなんてありえないふざけるのも大概にしろあの野郎。…と、思う、のだが。
 ふ・と蘇ってくる。今日見た光景。それから煙草に火をつける時の白い手と照らされた顔と。
 ぼろぼろ出てきたはずの短所たちがそのままさらさら崩れていくような気がした。霞む、掻き消されていく、今日の記憶に覆われていく。
 間近で見た鳶色の瞳が鮮やかに脳裏に焼きついていた。二重というか三重なんじゃないかと思える瞼とその縁の長い睫毛、ざらりと揺れた前髪の黒が艶やかで微笑った薄い唇の淡い紅色が肌の白に妙に映えて、
「…って何細かく覚えてるヨ私……!」
頭を抱える。定春が不思議そうにくぅんと鳴いた。
 はぁ・と息を吐く。
「厄介なことネ」
呟いた言葉は小さくて、風に溶けてすぐに消えた。





 そう、もし自分が囚われたというのなら、それは多分他の誰かとの口付けを見た時なんかではなく。見慣れない、煙草に火をつける仕草や照らされた白い顔や肌でもなく。

 あの鳶色に間近で射すくめられたあの瞬間。肌に感じた吐息の中の煙草の香りを感じ取ったその時だったんだろうと、神楽は思った。
















                                  ------------End.
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 日記でちょっとだけぼやいた3Z設定の女たらし土方。+、神楽な話、です。×じゃないよ、まだ(まだ?)
 土方さんにべたべたしてる女の子はまぁ名無しの誰かさんてことで(汗) とりあえず超人気でさばさばと色んな子の相手してる感じの土方さんが書いてみたかったんです…終始下で受け受けしいですが(ぉぃ) 結局誰にも本気でなびいてはいない感じ。心から笑うのは近藤さんにだけ。心から怒るのは沖田だけ(笑) 神楽にも、この時点ではほんとにただからかっただけだと思います 普通に冗談です惚れたかだのなんだの 神楽ちゃんは真に受けましたが!つーかホント何この土方きもちわるっ(酷)
 格好良い土方さんというのを書いてみたいです…多分永遠にエセしか書けない(痛)

 この設定だと神→土的要素がかなり濃くなりそうな気がする。意外と甘くはならないような、いやべたべたはするかなよく分かんない(ぇ) 単に土方の感情の起伏が極端に無いからほのぼのラブラブ雰囲気にならないというだけですね。それでも色々あって神楽にハマりこんだらそれはそれで書くの楽しそうだなあ…あ゛ーもうなんで今頃創作欲の波が……!!(泣)