『FACE.』















 今日も今日とてこの人はアホだ。


 「お妙さんのためならねぇ、通帳の一つや二つ惜しくもなんともないんですよ!だから結婚して下さいお妙さん!!」
意気揚々と話す近藤さんとやらに私はいつも作り笑いだけ浮かべて、彼を挟み逆隣に座るお妙をこっそり見やる。当のお妙は涼しい顔で勝手にスルーだ。接客業の人間としては最悪。それでも嬉しそうに笑っているんだから、全く救いようがない。

 でも、初めてヘルプに入った時の事は鮮明に覚えてる。

 「こんばんは〜おりょうでーす。ごめんなさい近藤さん、お妙、もう少ししたら来ますから、それまで私で我慢して下さいねっ」
出来るだけ明るく告げると、彼は笑って頷いた。馬鹿な人、一時間以上しなきゃお妙は来ないわよ、そう内心呟きながら隣に腰を降ろそうとする。が、その時、鉄にも似た生臭さが一瞬鼻を突いて動きを止めた。
 ――血の匂い。悟った瞬間、ぞっとして肌が粟立った。
 そういえば忘れていたのだ、不覚にも。彼は仮にも天下の真選組、それも名だたる人斬りにさえ引けをとらないと言われる少年剣士や正真正銘の鬼と恐れられる副長など全ての隊員を従える、局長なのだということ。
 白痴のように柔和で人の好い笑顔。話す声、言葉。これが、恐らくほんの一時間前程には降りしきる血の雨の最中にいたのだ。そう考えると、気付けば私はまじまじと彼の横顔を見つめていた。翳の無い笑顔、…本当に?
 血を浴びていたその時、この人は、一体どんな顔だったのだろうか。少しは真面目な顔をしていた?巷の噂と違わず鬼のような顔をしていた?それとも、今と同じに、笑顔?
 私の疑問が解けたことはない。訊こうなんて思わなかったから。そしてそれ以上考えるのを自分でやめたから。
 今も彼は毎日のようにお妙に会いにやって来る。そして時折血の匂いを漂わせる。でももう私は知らないふり。アホっぽい笑顔の裏にひっそりと仕舞い込んだものなんて、見ないふり。私たちにとってのこの人はいつだって馬鹿で最低のストーカー男でなければならないのだ。だって彼の見せたがっている表の顔はそれしか示してくれない。裏の顔なんて決して見せないだろう、その証拠にたまの血の匂い以外で彼が裏の翳を表に出した事は無かった。だから見ない。見ないふり。彼の見せたいのが表だけならば。

 彼が本気になれば、きっとお妙だって敵いはしない。いつだったか酔いつぶれた彼を迎えに来て、彼女に言いくるめられ「参ったな」という顔をしていた鬼の副長もだ。本当は組み伏せられるのにそうしようとしない。それは単に彼らの武士道とか男としての矜持とかそんなものの為に・だ。私たちはいつだって男より賢いつもりでいるけど、男は足りない頭の分だけ埋め合わせるかのように備え持った度量と懐の広さでそんな私たちを何も言わずに受け入れる、受け止める。何も言わないから私たちはなかなか気付きやしない。本当は図に乗る事を“許してもらっている”のにそれを知らない。やっぱり男は馬鹿だ、その気になればいつでも女など取り押さえられるだろうに。それでいて誰かの命に関わるような瀬戸際となれば平気で本来の強さをさらけ出し女を押しのけて己の道とやらをまっとうしようとする。ああ馬鹿だ、その強さを普段見せていれば男は威張り散らせるだろうに、大昔この国の体制がそうだったように。馬鹿だ、そんなことばかりするから女は普段は嘲り欺き、臨時には泣くしか出来なくなるのだ。



 「おりょうさん、なんだか元気が無いですね。何かありましたか?」
不意の声に我に帰る。気が付くと、すっかり思考にふけっていたようだった。本気で心配そうな、酒で紅潮した(彼はあまり強くない)顔の近藤がこちらをじっと見ている。ホステスが客に心配されてはあべこべである、慌てて笑顔を取り繕った。
「なんでもないです。ごめんなさいね、お妙遅くって」
「いや、いいんですいいんです!俺はお妙さんが一分でも一秒でも最後には俺のところに来てくれるから、それだけで幸せです!」
その笑顔を今日の血の匂いの主には見せたことはあったの。訊きたかったが、結局曖昧な笑みで誤魔化した。

 優しい人。鬱陶しいくらいあたたかい人。

 その人は今日も血の匂いを振りまく。












                                              ----------End.
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 ふっと、スナックに来た近藤さんから血の匂いとかに気付いて色々考えるおりょうさんかお妙さんってどんなかな・と思いついてぱぱーっと書き上げたものです。最近書いたものの中ではかなり即行で書き終われたほうかな。なんかおりょう×近藤に見えそうですが基本的にどっちからもベクトル向いてないんで近妙です。一応(ぇ)

 お妙さんにつられて普段はバカにしがちだったけど実はどこかで譲ってもらってるだけなんだなあ・って、不意に気付いてくれると良いな、とか考えながら書いてました。強くてもその強さで相手を抑えようとはしない。だから優しい、んだけど、まぁ職業的には甘い人間になっちゃうんだろうな(笑) 渋るお妙のヘルプで長く付き合ってやってる間にいつの間にか結構なじんでるおりょうさんと近藤さんとかよくないですか。そのうち涙交じりの恋愛相談(一方的(勿論近藤))になりそうです。おもしろそう(ぇぇぇ)