『誰が為に 君が為に、鐘の音を』  CAST:Shinsengumi,Yorozuya,soyo.

                             ----------5、『うさぎの手は』













 「神楽」
初めてまともに名を呼ばれ、目を丸くして彼の顔を見上げる。土方は前を見ている。
「お前は手ぇ出すなよ」
「……?なんでヨ」
「大事な友達の前、だろ」
はっとして、少し後ろで心配そうにじいやの方を見ているそよを見やる。きゅ、と、傘を握る手に少し力を入れた。
「大体、俺が居るってのにてめえまで手を汚す理由がねぇよ」
こともなげに言うと、行きますよ・とそよに呼びかけ、目を見開いてぽかんとしている神楽には少しも気付いた様子も無く土方は歩き出した。


 少し間を空けて、二人の少女もついていく。



































 重い足音の後に、軽い足音。そして、
「おいてめぇ止まれ!後ろの姫さんよこしっ……ぶごっ!」
荒い声とすぐに響く悲鳴とが、連続して在った。
「犬は飼い主を急かすもんじゃねぇぜ」
頭巾からのぞいた犬耳を見て土方はそう言い捨てた。足は止めない。

 「止ま……ぎゃっ!」
「死ねェェェ……っが!!」
「調子に乗んなよ侍風情が!ぅげっ!!」
「クソ、なめんなよ!……っわっ…ごっ!」

 悲鳴のたびに人が倒れ、そして刀の散らす血糊も増えてゆく。
 土方の白い頬に、赤く血の飛沫が幾つか飛んだ。少しずつ少しずつ、その赤は増えていった。







 「…多い……上に、長ぇなクソ!なんだこの馬鹿広ぇ城!!」
「…ごめんなさい……」
「そよ様に怒ってるんじゃないですっ!」
「おーい多串クン、前見ろヨ。前。」
「うっせぇチャイナ!!」
「てめぇら余裕こいてミニコントやってんじゃねェェェ!死ねェェェェァ!」
「うっせぇ犬コロどもォォ!!」
「犬っ……!?」
 そして犬耳やら鳥のクチバシやらをのぞかせた人々は倒されていく。
「そよ様!一番近い道、次どっちですか!?」
「え、と…右ですっ」
「ちゃんとついてきてくださいよっ…それと!」
しゅ・と右に刀を払う。賊の一人が胸辺りからぱっくりと割れた。そよが思わず目を逸らし、その手を神楽がぐいと引っ張ってちゃんと進む方向へ誘導する。
「あとで、これからのことをちゃんと言います……ただ、しばらくは城には戻れないと思っていてください」
「……分かりました」
きゅっと唇を引き結び、それでもしっかりした声で返した。それを聞き取り、険しい目のままでしかしふっと微笑う。右腕は相手の首に向かって突きを繰り出していた。
「…チャイナっ、後ろは!?」
「なんも居ないヨ。だいじょぶネ」
「よし、…あと少しで外出るが、気は緩めんなよ!」
「お前がナ」
「何!?」
 いちいちむきになるからからかわれるのだ。…と、言ってやろうかと思ったが面倒臭くてやめた。傘で前を指し示す。
「前、前。あんまり振り返ってるとけっつまづいてこけるヨ」
「分かってるっつの!てーか誰がこけっ……」
言いながらまた振り返りかけたとき、ぶわ・と両脇の襖が膨らんだ、気がした。
 「……!!」
一瞬息を詰める。廊下両脇の部屋から五、六人の賊がどっと出てきて一斉に飛び掛ってきたのだった。たまらず足を止め、それでも全ての刀を刃で受け払う。鋭い音がして、さすがに少し圧されかけたがなんとか踏みとどまった。ちっ、と舌打ち。
「…っ、わらわらわらわら群がって来んじゃねェェェ!!」
力任せに刀を振り切り、僅かにのけぞった相手の一人の胸をその勢いで裂く。
 ひとり。ふたり。心の中で数えながら、次々にその喉やら胸やら目やらを破っていった。血が舞って、また土方の身体に模様が付いていく。

 最後だ。

 その一人を睨みつけたまま、仕上げとばかりに刀の刃先ををしゅっと相手に向けたとき、また音がした。

 ばん・という何かを蹴ったような音。そして、そよが小さく息を呑む音。

 腕を繰り出しながら、素早く後ろを見た。
 さっき賊たちが蹴破ったのとはまた別の、少し後ろの部屋の襖が蹴倒されていて、そこから賊が二人ほど出てきていた。振りかぶった刀が鈍く煌めいて、それを神楽とそよとが吃驚したように目を丸くして見ていた。そして。
 傘を握る神楽の手が、相手にその先を向けるべく、動こうとしていた。




 丸く蒼い瞳が一瞬紅い光を宿す。がしゃん・と機械の軋む音がして、傘の先端が相手の頭に定められる。そよはそれの示す意味が分からなくて、まだ目を丸くしていた。
 ぎゅ・と、傘を握る手に力が入る。
 一瞬空気が凍った、気がした。













「…撃つんじゃねェ馬鹿娘っ!!」


怒鳴り声と共に、傘先と賊との間に土方が割って入っていた。






























 再び神楽の目が驚きで丸くなる。紅い光が消えて蒼い瞳に戻る。その間に、土方の刀が相手の刀を弾き飛ばしていた。直ぐに返す刀がその首を飛ばす。
 倒れた体の向こうで、もう一人の仲間が驚愕だか畏怖だか何だかで目をぎりぎりまで見開いて、刀を脇に構えたまま固まっていた。一瞬で距離を詰める。

「犬風情がこいつらの手ぇ染めんじゃねェよ」

胸に刀の食い込む、鈍く湿った音がした。

「汚れ役は全部、俺がやる」

刀をひねって抜く。またあの音がして、そして勢い良く血が噴き出した。すべて、土方が被った。白いスカーフが真紅に染まる。



「――ずっと昔に、そう決めてんだよ」

 自然に倒れた死体を見下ろし、低く言った。









































 「…うぇ。生臭ぇ……」
しばらくして、やっと土方が言ったのはそれだった。不味いものを食べたみたいに舌を出し、ぺっと少し紅い唾を吐いて袖で無造作に顔を拭く。薄紅いのが広がった・程度に赤が消えた。
「そよ様。お怪我は?」
「……無い、です。」
「それはよかった」
簡潔に告げ、それから神楽には特に気遣う言葉はかけず、行くぞ・とだけ言った。
 また早足に進み始めた黒い背中を、神楽はただじっと見つめる。
「神楽ちゃん?」
まだ震える声で、それでも心配そうにそよが言う。きっと神楽の傘がさっき何をしようとしていたかなんて想像もついていないのだろう。

 本当はたぶん土方が前に出ていなければあの賊どもは首が飛ぶより心臓が破れるより悲惨なことになっていただろうけど。

「…なんでもないヨ」
言って、それからまたそよの手を握った。






 彼女の手は、まだ白くて綺麗なままだ。







































 「――右!右です!!…もう、正門に出ます!!」
「…正門か…」
そよの言葉に、刀を振るいながら呟く。
「相当の数の敵を覚悟しといてくださいよ」
果たして、一緒に入った仲間の隊士がどれだけの役割を果たせたかどうか。何しろ数が少ない。ほんの少し、嫌な予想が頭をよぎる。
 そよは、短い間の後に頼りなくはあるがやっと返事の声を出した。きゅうっと神楽の手を握る。
「……はい」
「おうヨ。」
神楽の返事はしっかりしていた。
 そろそろ息の切れ始めたそよを、神楽は強引に引っ張って先導していく。そして、長く長く続いていた廊下の先に、突き当りの大きな門が見えた。所々に賊が黒く点在していたが、近づくたび土方が斬り払うので道は問題無くひらけていく。

 全速力で駆ける。門が大きくなる。


 だん、と大きく踏み出し、そして戸を蹴破り、外に出た。



















 「……。」
「……あ!副長ォォォォ!!」
「ご無事ですか副長ォ!俺らは元気です!!」
「訊いてねェよ!!……いや、あー、全員無事か?」
「二人が腕を、一人頭を少し、斬られてます。いずれも軽傷なので心配は有りません」
「そりゃ何よりだ」
「おっ、両手に華だねィ土方さん」
「……あ!?」
普段となんら変わらない調子の会話に少し気が緩んでいつもの如く煙草に手を伸ばしかけたところに、ありえないはずの声がして思わず声が大きくなった。
「なんでてめェが居んだ、総悟!近藤さんはどうした近藤さんはよォォ!!」
「呼んだかトシ!!」
「は!?」
再び、ありえないはずの声。見れば、刀片手に飄々とした目つきでぼけっと突っ立っていた沖田の向こうに、しゅび・と指の先までぴんと伸ばし、近藤が多分格好良いつもりでいる笑みを浮かべ敬礼しながら立っていた。
「なんだ、そんな目ぇ丸くして。まさか俺が死んだとでも思ってたか」
「…いや……んなこた思ってねぇけど。…ずいぶん早かったんだな」
「あんなとこから近藤さん一人連れ出すくらい訳ぁありやせんて。門番もずいぶん腑抜けてたんで、ついでに喝入れてきやした」
「全員のびてたぞ総悟。ありゃやりすぎだやりすぎ」
「……まあ、無事みてえで何よりだ」
小さく呟いて、そして土方は辺りを見回した。
 門前の広場は、のびた賊連中で黒く埋まっていた。活発に動いているのはどうやら隊士のみのようで、番兵たちすらついでにのされてしまったらしい。
「…見境無ェな……」
「なんか言いやしたか、土方さん」
「いいや?」
長く話すと間違いなくおちょくられる、瞬時にそう計算して短く返し、それから思い出したように振り返った。門から出るか出ないかのところで、神楽とそよがぽかんとして立ち尽くしている。
「…すみません。全然、覚悟なんて要らなかったみたいです」
出来るだけ穏やかに言うと、すとんとそよが力を失って座り込んだ。気が抜けたらしく、目は見開かれたままだがぐったりと腕に力が入らない。
「大丈夫ですか?」
「多串クン」
「てめェには訊いてねぇぞ」
「解ってるアル。それより、あっち」
「あ?」
神楽がくいくいと親指で差す方向。城の中だった。
「……」
微かに、どたどたという足音と雄叫びのようなものが聴こえる。
「中に入ったぶんで、遭ってない連中、まだ居るんじゃないノ?」
「…みてぇだな。」
ため息。それから、オイ・と周りに一声かける。
「そよ様、下がってください。チャイナも」
 すでに刀も納めてくつろぎ始めていた隊士たちが、神楽たちを後ろに回し土方の周りを囲むようにして集まってきた。近藤は状況を呑み込み少し楽しそうに、沖田は相変わらず眠そうに、少し後ろで眺めている。高見の見物を決め込むつもりらしかった。

 「折角だ。徹底的に潰してやれ」
すっ・と片手を軽く挙げて、


「突入!」

一斉に人が動いた。わっと辺りが騒がしくなり、やがて刀と刀のぶつかる音や銃声などが聴こえ始めた。









 やがて、彼らの勝利の歓声に変わるだろう。












                                 --------To Be Continued.
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 一番書きたかったとこのはずなんですが今見ると一番短い…(ぇ

 前回半端な土そよをさらしましたが今回また半端な土神(…) 次あたりは多分土神です…なんか土そよ的構想もあった気がするけど確か夢見すぎな構想だったので考え直すのやめときます(ぉ


 しかし自分、戦闘シーン好きなのは良いが戦闘書こうとすると表現が下手くそになるぞ!(汗) 精進精進…ってかこれホントに終わるのかな(ぁ