『誰が為に 君が為に、鐘の音を』  CAST:Shinsengumi,Yorozuya,soyo.

                             ----------4、『彼とうさぎの理由』





















 「仰せの通り、堀をさらいましたが…何も出てきませんでしたよ」
「何も?」
「ええ。死体も・です。…どうやら生きて逃げ延びたようですな。なんともしぶと…いや、その……」
「じゃあ、その撃たれた人は死んでいないのですね!?」
「…左様で。」
渋々といった感じで頷く老人を他所に、そよはほっと息をつき、心の底から嬉しそうな微笑を浮かべて「良かった」と呟いた。いぶかしげに老人が首を傾げる。
「…そよ姫さま。ここまでさせたからには、何かご説明を…」
「言うほどの事ではありません。」
「姫さまっ!」
「じいや、もう手習いの時間でしょ。直ぐに用意して」
 わりと彼女が頑固者であることは彼も良く知っている。諦めたようにため息をつき、承知しました・と部屋を出た。

 「…神楽ちゃん……」
手紙とぬいぐるみを見つめ、そっと名を呼ぶ。死んではいないとの話だけれど、撃たれたというのもどうやら本当だ。傷は大丈夫だろうか、まさか逃げ延びたそこで結局死んだりはしていないか?



 悪い方向へはいくらでも考えることが出来た。けれどそよはぶんぶんと頭を振り、そして大切そうに引き出しへ手紙とぬいぐるみをそっとしまうと、自分も手習いの準備を始めた。



































 月は空に在った。
 けれど雲が少し多く、すぐにふっと隠されてしまう。

 「あーあ、また隠れちまった」
「なんだ、残念そうな顔して。お前、そんな風流人だっけ?」
「違うって…いや、でもやっぱ綺麗なほうが良いじゃねぇか。明るいし」
そうだな・と相づちを打ち、そして欠伸を一つ。
 それなりに警戒しているといっても、何も起きなければ暇は暇。
 「門番って結構楽だけど、暇すぎるのもヤだな…」
「贅沢言うなよ。昨日侵入者あったばっかじゃねえか、少しは気合入れろ」
「侵入者ねぇ。撃ち落されたって話だろ?俺たちの武器、槍だぜ槍!いざという時ぁどうすんのかね…」
「そこは自分の腕だろが」
「…まあね」

 それにしても、暇だな。呟き、伸びをする。











 その瞬間突然に、たくさんの影が、空を過ぎった。





















 「…え……っ、ぅがっ!?」
「おぃっ…ごっ!」
それぞれ一撃を喰らい、伸びる。倒れた二人の脇を、大量の影が通っていく。
 「おい、どうし…、っ!?ぞ、賊だ!おい皆ァァ、裏門にっ…がっ!!」
物音で駆けつけた他の番兵もまた地に臥す。ばたばたと複数の足音が城に向かって消えていく。
「…っくそ、誰…がっ……」
倒された番兵が、途切れそうになる意識を必死に保ちながら、遠くなる背中を見た。真っ黒い装束と光る刀と、
「……頭巾…?」
そう。濃い紫色の布がどうやら頭を覆っているらしく、人種が分からない。果たして地球人なのか天人なのか。
 とりあえず、痛む腹の状態を確認する。斬られているようだが、浅い。動ける。
 よし・と呟き、身体を起こしかけた所で、頭上から声が降ってきた。
「チィ…先越されたか」
「!?」
 慌てて振り向く。直ぐ後ろに、また黒ずくめの人間が三人ばかり立っていた。

 鼻孔を掠める煙草の匂い。

 「……!アンタら…」
「よう、ご苦労さん。」
その一言だけは番兵に向けて言い、そして、この様子ならあまり邪魔はされずに中へ入れそうだな・と、独り言のように呟く。
「おい、お前ら。行くぜ」
「へいっ」
「ちょ、ちょっと!あのっ…」
「おいどうした!?今悲鳴がっ…、!?オイ貴様ら、何をっ…」
どうやら騒ぎを聞きつけて来たらしい新たな番兵に、死にたくなけりゃどいてろ・と言い捨ててその人物は一歩踏み出した。何も知らない兵が思わず槍を構える。


 それを見て、なお、彼は哂った。


「…真選組副長土方、以下、隊士二名。」
すらり・と刀を抜いて。
「そよ姫様に害為す賊どもを粛清すべく参った」
「は!?な、何……」
「――通る!!」
だん、と地を蹴った。群がり始めていた番兵達を軽く蹴散らし、先のそれとは違う黒の一団が風のように過ぎていく。
 「突っ切れてめぇら、邪魔する奴は城の連中なら叩け賊なら斬れェェ!!」
「了解ィ!」
一瞬静まったかに思えた城内が、再びわっと沸き立ち始めていた。倒され地に臥した人々で意識のある者は、その後ろ姿をただ呆然と見つめていた。
 「…なん……なんだ?これは…。」
呟き声は怒声やら掛け声やら悲鳴やらにかき消された。
 戦いの最中で吐き出された煙草が、道脇で未だ紫煙を上げて、その香りを辺りに振り撒いていた。








































 「じ、じいや……」
「大丈夫、大丈夫です姫さま…何があっても、この私めがお護りします故……!」
 場所はそよの部屋。
 一昔前なら薙刀を構えて女中の五,六人が姫を取り囲んだろうが、今はそんな修行を積ませたお付の者など居ない。ただそよと世話係である老人とが、部屋の片隅に震えているだけであった。
 将軍の部屋ともなれば抜け道の一つも用意してあるが、ここは違う。下手に部屋から出れば賊と鉢合わせする可能性もあるし、今は番の兵士達を信じてじっと待っているしかなかった。
 「しかし、まさかここまで大規模な襲撃があるとは…一体何事か」
「……いつまで…続くでしょうか」
老人にしがみついても、がたがたと震えは止まらない。こんなにも大きな騒ぎは生まれて初めてだった。悲鳴が聞こえる。が聞こえる。銃声が、刀と刀のぶつかる音が響く。

 怖い。

 切実に、そう思った。
 そしてそれでも浮かぶのは、あの人の笑顔。

「……神楽ちゃん…。」

じいやにも聞こえないぐらいの声でそっと呼ぶ。逢いたい、そう思っても届かないもどかしさが、今更のようにそよに強く迫っていた。























 「…足音が」
「え」
老人がぽつりと呟いて、初めてそれに気づいた。

 複数の足音が、確実にこの寝所へ続く渡り廊下を歩いて、近づいてくる。

「……敵…」
「ひ、姫さま。大丈夫です、大丈夫…!」
言う彼自身も震えている。それでも震える手で、腰の刀を抜いた。
 身動きも出来ない。二人そろってじっと、部屋の入り口を睨むように食い入るように見つめる。






 時が止まった、気がした。


















 その緊張を解いたのは、足音の方から聞こえた悲鳴だった。
「がっ!?…っご…」
そして何かの倒れる音。
「なんだてめっ…ぎゃっ!」
「へ…?っわぁ!!」
「げっ!」
「ぐっ!!」
それぞれ違う声の叫びが連続して響き、そして聞こえなくなった。遠くの喧騒が今更のようにまた聞こえ始める。
 「…静まった……?」
「仲間割れしたのか…?いや、それにしても……」
思わず二人して肩の力を抜いたが、また足音がしてびくりと硬直する。
 今度は一つの足音。ずかずかと、若干乱暴に、しかしそれほど速くもなく。

 そして、どかっ・と大きな音がして、部屋の戸が蹴り倒された。




 無理矢理枠から外され畳に倒れる襖。一瞬その場を包んだ茶色いホコリのもや。
 その向こうに、黒い服と銀色の刀と黒髪とそしてこちらを射抜くように見つめる鳶色の瞳が、あった。









 「…こんな所に居られましたか」
ふう、と息を吐く。瞳の光が和らぐ。




「探しましたよ、そよ様。」




 部屋の入り口で襖を踏みつけ、土方がにっと笑った。



































 「……あ」
しばし呆けて、それからその人物を記憶の中の一人と認めふと声をあげる。力が抜けた。
 けれどじいやにとっては得体の知れない下賎な者であったらしい。ばっと立ち上がり、思い出して刀を構える。
「…ッ真選組!!貴様ら…貴様らが騒ぎの犯人か!!」
「なんだあんた…あ、お付きのじいさんか」
「やかましいっ!!姫様には指一本触れさせっ…」
「五月蝿い」
突進してきた老人の刃をさっとかわし、素早くその鳩尾に刀の柄で一撃。短く呻いて意識を失ったその身体を一応その腕で受け止めて、頭を強打だけはしないように地面に倒した。そこでそよは初めてじいやが気絶したことに気付き、少し悲鳴をあげる。
「…何、をっ……」
「今は邪魔なので、少し寝てもらっただけです」
こともなげに言い、一歩踏み出す。と、そよが少し後ずさった。目を丸くする。
「……そよ様」
「私を…殺すのですか」
彼女にしては精一杯、土方を強く睨む。本当は手の先までがくがくと震えている。いつもは護ってもらっているけれど、反乱というのはどこで誰がやるか分からないものだ・と、よく兄や周りの者が言っていたから。

 この人でも、まだ、信頼は出来ない。

 しかし、睨むそよとは対照的に、土方の目は未だもってきょとんとしたままだった。普段と比べても、むしろ柔らかい表情。そしてぽつりと、
「…そう…見えますか?」
言った。
 今度はそよがきょとんとする。
「……え?」
「参ったな。あまりごちゃごちゃやってる時間は無いんだが」
ぽりぽりと頭を掻き、それからすっとそよの前に膝をついて屈んだ。目の高さを合わせ、じっとそよを見つめる。ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「安心してください。…俺たちは、敵じゃない」
「……そんな…言われて、も。…あの……」
「直ぐには信用出来ないのは解る。けどどうか、信じて欲しい。」
刀を握る手に、力が入る。
「確かに、そよ姫を殺せ・と命令はきました。…けど、俺たちの大将はそれをはねつけたんだ」
「え…」
「だから…いや、それでなくたって、俺たちは貴方を殺さない。貴方みたいなまだ年端もいかない子供のしかも女を大人数で囲んで殺すなんてくだらねぇ真似は、俺たちの武士道が許さない」
「……」
 ほんの少し、そよの表情が惑う。どうすれば良いだろう。彼を、この真鬱な言葉を、信じても良いのだろうか。


 信じても。




 「…来て、頂けますか?」

 一拍間を置き、きゅっと少し唇を噛み締めて、
「……はい。」
 頷いた。





























 「さて、そうと決まれば早く。そろそろ局長奪還組も来る頃でしょうし」
「奪還?」
目を丸くしたそよに、ああ・と声をあげる。
「うちの局長…大将ね、ほら、命令はねつけたってさっき言ったでしょう。その時、あんまりの命令にキレちまって、使者の人間ぶん殴っちまったらしいんです」
「なっ……」
「それで今、留置場。だから組の三分の一の人間をそっちに向かわせてんです……あ、仲間より先に敵が来そうだ。行きま…」
「どうして?」
少し叫びそうな、強い声。思わず吃驚したように言葉を止め、そよを見る。そよは両の拳をぎゅっと胸元で握り締めていた。どこか泣きそうに潤んだ瞳。

「…どうして……どうして貴方がたは、そんなことをしてまで、私を助けて下さるんですか?」

 心底解らない・といった風なそよの言葉と顔に戸惑いながら、少し逡巡する。
 そして一瞬俯き、顔を上げたときには彼は自嘲するように哂っていた。




「…それは、」






 もしくは、何かを誇るように。








 「武士だから。」









 刀を握り直しつつ、きっぱりと言った。
































 「…それよりそよ様、立てますか?」
ぽかんとしていたそよもはっとして、立てます・と言い慌てて立とうとした。が、長時間緊張して座っていた所為で少し足がもつれる。
「きゃっ…」
「わっと。」
 倒れかけたそよの身体を、左腕一本で抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
消え入りそうな返事。彼の熱い体温が服越しでも伝わってくる。心臓が早鐘を打つ。

 早く離れよう。

 そう思った時、突然大きな声が場に割って入った。





「そよちゃん放せヨ、犬コロォォォ!!」








 がっ・と、鈍い音を立ててその飛び蹴りは見事に土方の頭に決まった。

「……っ。」
「…アレ?」
「…神楽ちゃん!」


 土方は言葉を失い神楽は空中できょとんと目を丸くし、そしてそよも同じように目を丸くして叫んでいた。





































 「やー……上から下まで真っ黒の奴がそよちゃんの傍に居るから、てっきり賊かと思たアル」
「お前、いくらなんでも気付けよオイ!!」
「うるっさい、正義の味方のクセにどうみても悪役っぽい瞳孔開いたツラしてるからいけないネ」
「瞳孔は今関係ねぇだろぉがァァ!!」
しばし続く喧騒を止めるように、慌ててそよが割って入る。
「か、神楽ちゃん!…あの、ありがとう。でもどうしてここに?」
「山崎パンが言ってたアル」
「…パン?」
「パンじゃありませんよそよ様。こいつが勝手に付けるんです」
「…あ、山崎さんですか」
「目が覚めたらすごくがらーんとしてたから、なんで多串クンも沖田も居ないヨ・って問い詰めたアル。最初渋ってたけど、柱一本折ったらすぐ吐いたネ」
「折った!折ったのか柱!?」
「うるさい多串。…んで、お前らなんかにそよちゃん任せておけないと思って、急いで帰って傘取ってこっち来たアル。昨日より警備ゆるくてぜんぜん簡単ヨ」
「そらこの騒ぎでみんなそれどころじゃねぇんだ……」
「そうだ、昨日!!」
 そよが大声を上げたので、二人してびくりと肩を震わせる。そよはそんなことにも気付かない様子で、
「き、昨日…神楽ちゃん撃たれましたか!?」
そこで初めて思い出したように、
「…ああ。うん、撃たれたヨ。でももう大丈夫、傷もすっかり塞がったネ」
「……良かった…」
ほんの少し間を空けて、それからぽろりとその目からしずくが零れる。目を丸くした神楽よりも、目に見えて土方が慌てた。
「そ、そよさっ…おいチャイナっ!あんま無茶すんな、そよ様泣かすんじゃねぇッ!!」
「泣かせたくて泣かせてるわけじゃないアル!…そよちゃん、ごめんヨ。でも、わたし、どうしてもお祝いしたかたアル」
本気で申し訳無さそうに、そしてぽそりと「プレゼントも失くしちゃったし」と呟く。するとそよが目を丸くして、
「…プレゼント……もしかして、ひよこ?」
「え!なんで知ってるネ!!」
 くすりと微笑う。そうか、この人は失くしたと思っていたのだ。本当は撃たれた拍子に塀の内側へ転げ落ちていたのに。
「…大丈夫。ちゃんと受け取ったよ、神楽ちゃん」
「ホント!?」
ぱっと顔が明るくなる。そのまま跳ねて喜びだしそうな神楽に、そよも思わずふふふと笑った。なんだか和やかな空気が流れる。
 「……あの」
「はい?」
「何アルか、多串クン」
「もうちょっと緊張感持ってくださいそよ様。チャイナ、てめぇもだ」
若干鋭くした声で、二人、顔を見合わせる。土方はため息が出た。もはや多串を訂正する気も起きない。
 「…チャイナが来たのは計算外だが……」
「チャイナチャイナ五月蝿いヨ、私神楽。か・ぐ・ら!」
「うっさいチャイナ、お互い様だろが!…外で二人、それと正門からも三人、俺の仲間が他の賊を出来るだけ止めてます。が、到底足りることではない。もうそろそろこちらに賊が来るでしょう…さっき俺が倒した奴らのように」
そこで初めて、部屋の外から聞こえた悲鳴を思い出す。そういえばあの声の主たちはどうしたのだろう。
「とりあえず少しでも出口に近づきましょう。夜兎のチャイナはともかく、そよ様には怪我を負わせるわけにいかない。こんなとこでぐずぐずしてるのも時間の無駄だ」
 納めていた刀をまた抜く。少し、隊服が翻る。
「俺が先頭をいきます。チャイナ、お前はそよ様の後ろを固めろ」
「あいヨ」
「…あ、あの……じいやは」
「…ああ。まぁ大丈夫でしょう、奴らの目的はそよ様だし。……えー…念のため押し入れにでも隠しといてやるか」
心配そうなそよの表情を見て、ため息混じりに土方は入り口近くに倒れっぱなしだった老人を抱え上げた。いくらなんでも、年寄りまで連れて敵の間をくぐり抜けていくのは難しい。出来ないことは無いが、…面倒臭い。
 「…さて。じゃあ行きますよ」
「はい。」
「おうヨ。そよちゃん、大丈夫。多串クンこう見えてもそれなりに使えるネ」
「コラチャイナ、それなりとはどういうことだ」






 他愛無い軽口。しかし、城内の騒動はますます大きくなっていた。











                                 --------To Be Continued.
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 ああ戦闘が楽しくて楽しくて(ぇ
 これは…土そよ、に、入れれば良いのかな(汗) 微妙に土神だな〜…ジャンル定めろよって感じですか。はい、すみません。。

 無駄に格好良い土方さん(無駄って)  番兵に対して名乗るとこがこのパートでは一番気に入ってます(自分なりに…(ぇ))
 そよを殺さない理由の辺りは……自分でもなんか筋道立ってねぇな〜と自分でも思ってます(な ら 書 く な 。 )



 こんなんですみません。次は大体土神風味です(何?)