『阿片窟』 
   CAST:Hizikata,Kagura.


















 「御用改めである!」
お決まりの言葉を吐くと、面白いように場の人間達の顔色が変わる。
 瞬間、爆発するように屋敷のあちこちで上がり始めた怒号。それに負けないよう声を張り上げ、近場に居るものの足を斬って止め、刃向かってくる者は死なない程度の傷を負わせて動けなくする。そうしてどんどん奥へ進んでいく。

 今日の討ち入り目的、マークしていた転生郷密売人の捕縛・発見したアジトの壊滅・倉庫差し押さえ。





 屋敷は思いのほか広い。刀を振るいながら進んでいると、見覚えのある顔が廊下の角を曲がっていくのが見えた。記憶が正しければ、手配書に載っていた主犯格だ。
 ふ・と後ろを確認する。喧騒が遠く聞こえた。人影は無い。援護となる隊士も・だ。
 だが見た所では相手も一人。それも薬の手配をしていたというだけで特に危険人物なわけでもない。
 土方は口を弓なりに引き上げ、わずかに笑った。
 だっと駆けて男の消えていった方向に曲がる。初老の男の足は鈍く、その背中はまだそこにあった。土方に気付き、ひっ・と喉を鳴らす。
「ここまでだ」
「……!」
低く告げたが男は再び走り出した。そして廊下の一番奥、右側の扉を引き開けその中に素早く入り、ぴしゃんと閉めた。舌打ちする。往生際の悪い人間は嫌いだった。
「ったく、裏口も抜け道も全部押さえてあるってのに…」
ぶつぶつ言いながら扉の前まで歩いてゆく。一息おいて、ぱん・と勢い良く開けた。一歩踏み込む。
 と。
「……このっ!」
「あ!?」
てっきり部屋の奥に道でもあってそちらに逃げ込んだのだとばかり思っていた男が、突然真横から飛び出してきて力の限り土方を“後ろ”に突き倒した。男にとっての後ろ、つまり土方にとっては前である。男の予想外の動きに少なからず驚いていた土方は避け損ね、結果、部屋の中へ完全に体を入れることとなった。
 すると背後でぴしゃんと再び扉の閉まった気配。はっとしてすぐさま振り返ったがすでに扉はきっちりと閉まりきっていた。開けようとしても動かない。ただの襖に見えて実はどこかに鍵のようなものが付いていたらしい。再び舌打ちした。
「せこい真似しやがって…」
憤りながら、襖を斬り倒してやるべく先ほど突き飛ばされた際に取り落としていた刀を取った。いや、取ろうとした。
 からん。
 しっかりと握ったはずの柄が手から滑り落ちる。目を丸くして自分の手を見た。
「……力が…」
入らない。ざっと顔から血の気が引いた。まさか・と思い、今更ながら振り返って部屋を見渡してみる。

 部屋は光源が少なく(奥の壁の上部にある、鉄柵つきの小さな窓一つきりで電灯も無い)、不自然に置かれたいくつもの二段ベッドが影を多くして余計に部屋の印象を暗くしていた。そしてそのベッドに横たわる幾つかの人影。
 そのどれもがほとんど動かない。ただごろんと寝転がり、そして誰もが口に何かをくわえていた。それはパイプであり、細い管で何か小さな壷のようなものと繋がっていた。
 時々パイプを口から離すと、パイプからも口からもぼわりと白い煙が流れ出る。よく見れば何人かはパイプを咥える力も無いらしくぐったりとしていて、放置されたパイプの先からは濃い乳白色の煙がゆるゆると昇っていた。それぞれの壷の横には今しがた広げられたような青い薬包紙。それも異常に多い。
 さっきの男が足したのだろう。閉じ込められた土方が部屋に充満した煙で中毒になるように、限界量以上の薬を、無理矢理。
「……!」
あまりの失策に床を拳で叩きたくなった。下唇を強く噛む。

 暗くてすぐには気付かなかったが、部屋中に白い煙が満ちていて、すぐ近くのものすら霞んで見えた。
 ああ畜生、ここは阿片窟だ。











 手に全神経を集中して刀を握ろうとしたがやはり駄目だった。もはや末端の神経など働いていない。思考もかなり鈍り始めている。
 言うことを聞かない重い体を引きずり渾身の力で扉を殴りつけてみた。それなりに派手な音はしたが、未だ乱闘をしているだろう隊士たちに聞こえるとは思えなかった。
「ち…っく、しょう……」
ずるずると拳を扉に擦りながら倒れる。頬に感じた床板が酷く冷たかった。
 ああ体さえ動けばこんな扉今すぐに叩き斬ってさっきの男も捕まえてやるのに。そう思うと尚更悔しかったが、意識はとろりと沈み始めていた。強い眠気にも恍惚感にも似ている妙な安堵。もう指一本動かすのも億劫である。
 多分今眠ったらそれで最期なのだろう。分かっていたが、だからといってどうしようという気も無かった。ゆっくりと瞼が降りていく。


 閉じていく意識の中で、遠く、微かな歌声を聴いた。






























 「はーあーるーのーおーがーわーは…」
高らかに歌い上げる。少し前に妙から教えてもらった童歌。もう少し季節外れになり始めているが、柔らかい旋律と素直で優しい歌詞が好きだった。何より今日この場に降りそそぐ真っ白な陽光、直接浴びることは出来ないけれど、この歌には全くぴったりではないか。
 神楽はかなり機嫌よく、午後の散歩に精を出していた。
「すーうーがーたーやーさーしーく、いーろーうーつーくーしーく…」
歌いながら塀伝いに歩く。久々の遠出(定春も家に置いてきて少しかぶき町から離れてみたのだ)なので、中にあるお屋敷のことはよく知らない。ただ先ほどからどうも表の方が騒がしかった。どうでも良いのでひたすら塀の上を突き進んでいたが。
 と、不意に、不穏な物音が聞こえた気がして足を止めた。どん、という、拳で何かを殴りつけるような鈍い音だ。
「…?…さーあーけーよーさーけーよーと…」
歌はやめずに、音のした方を見てみる。すると、ほとんど窓の無い真っ白な壁の上のほうに、ぽつりと、小さな四角い穴があった。鉄柵がついており、どうやら天窓のようなものらしい。
「……さーさーやーきーなーがーら…」
どん。もう一度、音。
 その音に、何故か、興味が湧いた。
 単純な好奇心である。窓までは塀から飛び降りて五メートル歩いて、ぴょんとジャンプすれば神楽の脚力なら充分届く。ものすごく面白いものとまではいかなくても多少暇つぶしになるものが見つかればそれで儲けものだ。
 にや、と笑って、神楽は一歩踏み出した。







 窓のへりにしがみつき、よっ・と小さく声を上げて身体を引き上げる。窓が小さすぎるので乗ることは出来なかったが、肘を乗せてその上に頭を安定させることは出来た。
 鉄錯越し。室内は、薄暗くてよく見えない。
「……?何アルか、ここ…」
思わず呟いていると、奥でうめき声がした。いや、正確には呻きではない。それは確かに、言葉の形を成していた。
「…畜生……」
「ン?」
目を丸くして、よくよく室内を見ようとする。と、奥にかろうじて黒い足が見えた。身体も、頭も。
 それに今の声。
「アレ?…もしかして……」
覚えのある人物が、一人。黒髪で、瞳孔が開いていて、低い声の。
「…多串クン?」
返事は無かった。
 だがもう薄闇の中のあいまいなシルエットでも分かる、中に居るのは間違いなくあの男だ。
 なんだか扉の前でごろりと横になったまま動かないようだが。
「何やってるアルかー多串クーン」
今度は少し大きな声で。
「なんでドアの前なんかで寝てるネー?まさか出られないとカ?今なら万事屋神楽ちゃんが格安で助けてあげるヨー」
軽口も叩いてみたがまるで反応が無かった。首を傾げる。相手の様子をもっとよく窺おうとして鉄柵ギリギリにまで顔を寄せる。と。
「!?っ……」
部屋の空気に少し触れた瞬間、ぞわりと悪寒が走り総毛立って咄嗟に身を引いた。少し落ちかけて、慌てて柵にかじりつく。
 一瞬。ほんの一瞬だ、だが確かに何か異臭がした。ほとんど無臭に近い、にも関わらず神楽の全神経が警告音を発するような、厭な臭い。それも、どこかで嗅いだ覚えがある。
 どこか?どこで?――…
「……あ」
少し思考をめぐらすと蘇った記憶の欠片があった。ハム子(本名は忘れた)の捜索から麻薬がらみのごたごたに巻き込まれ、なんだかいう宇宙海賊(どこか美味しそうな名前だった気がする)に散々な目に合わされた、そんな記憶だ。

 あの時嗅がされた薬。
 そうだ、あの白い粉の臭いに、似ている。


 「――…!!」
確証は無かった。だが本能が危ない・と叫んでいた。
 こんな高い位置にある天窓にまで届くほど、この部屋にはあの煙が満ちている。
「…多串クン!オイコラ多串!!返事するアル、ねえっ……」
返事は、無い。下唇を強く噛んだ。
 窓枠から飛び降りる。窓は小さすぎて神楽でも、ましてや土方など通れそうにない。

 二歩離れて、神楽は傘を白い壁に向けた。































 寒い。沈んだ意識の底でそう感じた。
 痛みは無いがそれは痛覚自体が麻痺したような感覚で、世界の閑寂さがむしろ不気味だった。このまま沈んでいてはまずい、そう直感するのだが、体が動かない。思うように深く息をすることが出来ない。
 ああもう二度と浮上することは無いのか。不意にそう思った。思ってもどうすることも出来ない、寒い、重い、世界は孤独だ。

 静かに混乱し始めた思考回路を停めたもの。
 ふわりと右手を包んだ、ぬるい温かさだった。



 「――…。」
ゆっくりと目を開ける。浮上してみても世界はまだ穏やかだった。ただ溢れているのが闇でなく光だというだけで。
 青い空に白い雲が流れていて、そこから降りそそぐ光を緑の葉がゆらゆら揺れながら緩和している。さっきまでのどろりとした闇とは対照的すぎる、柔らかで眩しい世界たち。
 その真ん中で、空よりは海に似た蒼の瞳が揺れていた。
「……あ…」
「………お前…」
チャイナ娘?万事屋の。そんな言葉が脳内に浮かんだけれど、上手く声に乗せることが出来なかった。ただぼんやりと見つめる。まだ頭はろくに働いていないし体も動かない。ぞくぞくと絶え間なく悪寒が走っている。
 だが、右手だけはぽかぽかしていた。
「…?」
ゆっくりと目線を下げる。丈の短い雑草の上に投げ出された右手、その先を、小さな白い手が痛いほど握りしめているのが見えた。ああこれのせい、いやこれのお蔭か。と、妙に素直に納得した。どうして少女が自分の手を握っているのかとか、そもそもどうして彼女がここに居るのか、とか、不思議なことは山ほどあったのだけれど、その時は全てどうでもいいような気がしていたのだ。
 ふと少女の背後に目をやる。大穴のあいた白い壁が見え、何人か分の足が見えた。少し薄汚れた袴や着流しの裾。
 暫く考えて、あの部屋に篭っていた連中(恐らく『客』だったのだろう)だと気が付いた。どこか呆けたように黙って自分を見下ろしていた少女に再び目を戻す。
「…あいつら……」
「……」
「……お前が、助けたのか?…俺も」
「……あ…う」
なんだかよく分からない呻き声を上げながら、ゆっくり後ろを見る。
「…うん。あの煙……毒だって、知ってたかラ…あのまま置いといたら、死んじゃウ、って……思って…」
ゆっくり、首を戻した。戻ってきた青い瞳は、更に揺らいでいた。
 ゆらゆら。ゆらゆら。日の光で白く煌めく。
「…でも、でもネ、皆…皆、」
幼い顔が、耐え切れなくなったようにくしゃりと歪んだ。
「しんじゃった……」
「……。」
多少回り始めた頭で、しょうがないだろう・と少し思う。恐らくはあの部屋に通いつめていた連中だ。元々体は中毒状態だった所に店主が無理矢理許容量以上の薬を突っ込んだのだろうから、急性中毒で一気にあの世行きでもおかしくはない。そもそも土方だってあの煙の中にいつまでも居たら同じ運命だった。昏睡したままとろとろとあの世行き。ぞっとしない話だ。
「…しょうがねェだろ」
「助けられなかたアル……」
「あの連中は元々手遅れだった」
「でも、私入ったときはまだ生きてる奴も居たヨ…」
「その時点でもう黄泉路の入り口に立ってたんだ、痙攣してただけじゃねェのか断末魔に」
「でも、でも……」
 でも私はもう二度と、人が死ぬのなんて見たくなかったんだ。
 そう呟いて少女はぽろぽろと涙を零した。こぼれた涙が握られた手の甲に落ちて流れた。

 少し、言葉を失う。

 「……泣くなよ」
やっと言った。握られた手を持ち上げる。小さな手も一緒に持ち上がって、それは彼女の頬に触れた。
「なあ、俺は生きてるだろ」
「……」
「お前が助けた」
「……う」
「そうだろ?」
濡れた頬を掌で包み、重ねて問うと、うわあ・と声を上げて彼女は泣き伏せた。ぼす・と胸に衝撃が来て一瞬吐き気もこみ上げたが、堪えて受け止める。桃色の後頭部を撫でるように手を置いた。
 徐々に強くなってくる寒気を禁断症状の一つだろうと自覚しながら、泣き続ける少女の温かさにそれも緩むような気がして、小さな背中を抱えるようにその腕を離さなかった。


 ああ俺は救われたんだろうこの子供に。本人はまだあまり解っていないようだが。
 再び沈み始めた意識の中で、ぼんやり思った。














                                            ---------End?
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 タイトルそのまんま。麻薬話です。銀魂に出てきた薬の名前は転生郷でよかったんだっけな…と思いながら確かめずに書ききってしまいました(ぉぃ) 中毒でかなりピンチの土方さんと他の連中を助けられなくて泣いちゃう神楽が書きたくてめっちゃ頑張ってましたが…そこまで書いたらあとを続ける気力が無くなるという罠(お前が根性無いだけだ)
 というわけで『End?』になってます。?です。ホントはこのあと土沖漫才会話があって神楽もちょっと出てきて土神的会話があったりしたんです…よ……挫折したけど(ォィィィィ)


 とても微妙なのでどうでもいいことですがこの話の土神はうちの他の土神よりちょっと親近度低めにしてあります。あんまり親しくないのになんとなく必死になって助けちゃってなんとなくその胸で泣いちゃうのがいいわけですよ!(何が?)
 あと薬の症状はヘロイン参考にしました。春雨話での神楽と新八の状態がハイになるんでなくトロンとしちゃうタイプみたいだったので。実は禁断症状もっといろんなの書いてみたかったりしたんですけど…色々考えた結果一応自粛(汗) ホント色々あるんですけどね…本気でグロいですけど(ぇ)

 でも薬によって危険度は実は違うらしいです。日本ぐらい厳しく取り締まってる国は珍しいそうな。週一ぐらいならやっても別に平気…な、のもある、らしい!らしい・ですよ!(汗) ちなみにヘロインはマジでヤバイらしいんで週一なんてとんでもないですーアハハハハ(笑えねー)